MITテクノロジーレビューは、「ブレークスルー・テクノロジー10」として毎年、世界を変える10のテクノロジーを紹介している。2019年は初のゲスト・キュレーターとしてビル・ゲイツ氏をお迎えし、世界をより良い方向へ導く発明リストを選んでもらった。
MITテクノロジーレビューから、「ブレークスルー・テクノロジー10」における初めてのゲスト・キューレーターの依頼を受け、大変光栄に感じた。しかし、リストを絞りこむのには、ずいぶん悩んだ。2019年に脚光を浴びるだけでなく、テクノロジーの歴史における布石となるようなものを選びたいと思ったからだ。それがきっかけとなって、イノベーションというものがこれまでどのように進化してきたかについて考えてみた。
あらゆるものの中から、最初に思い浮かんだのは「鋤(すき)」だ。鋤はイノベーションの歴史を見事に体現している。人類は、メソポタミア文明時代に農民が先を尖らせた棒で土を耕していた紀元前4000年頃から、ずっと鋤を使い続けている。それ以来、人々は鋤を少しずついじりながら改良していき、現在の鋤は驚くべき技術革新の成果となっている。
では、鋤の目的とは一体何なのだろうか?
ビル・ゲイツ氏による紹介文を読む
導入エッセイと合わせて、ギデオン・リッチフィールド編集長によるビル・ゲイツ氏へのインタビュー記事 をお楽しみください。以下は、ゲイツ氏が選んだブレークスルー・テクノロジー10です。
器用に動くロボット
ニコラス・オルテガ
ロボットが、現実世界の扱い方について自ら学んでいる。
器用に動くロボット
・なぜ重要か
ロボットが乱雑な現実世界の対処法を学べれば、より多くのタスクを実行できる。
・キー・プレーヤー
オープンAI(OpenAI)、カーネギーメロン大学、ミシガン大学、カリフォルニア大学バークレー校
・実現時期
3~5年
機械が人間の雇用を奪うなどと言われているが、産業用ロボットは依然として不器用で柔軟性がない。確かにロボットは、組立ラインの部品を、驚くべき精度で飽きもせず、何度も繰り返して拾い上げることができる。しかし、物体を1センチメートルほど移動させたり、少しだけ異なる他の何かと置き換えたりすると、ぎこちなく手探りをしたり、空(くう)を掴んだりする。
ロボットはまだ、人間のように、見ただけで物体をどう掴むかを判断するようにはプログラムされていない。しかし、バーチャルな試行錯誤を繰り返すことで、自分で物体の扱い方を学べるようになった。
こういったプロジェクトの1つに、手のひらの上で指を使っておもちゃのブロックを転がす学習をするロボット がある。サンフランシスコの非営利団体「オープンAI(OpenAI)」が開発した「ダクティル(Dactyl)」は、多くの照明とカメラに囲まれた市販のロボットハンドで構成されている。実際にロボットが試す前に、ニューラル・ネットワーク・ソフトウェアが、模擬環境下でブロックをつかんで向きを変える方法を強化学習の手法で学ぶ。ニューラル・ネットワークは、最初はランダムに試みるが、ネットワーク内の接続を徐々に強化して目標に近づいていく。
通常、こういった種類のバーチャル訓練の成果を現実世界に生かすのは不可能だ。摩擦や異なる物質のさまざまな特性は、シミュレーションが非常に困難であるからだ。オープンAIの研究チームは、ランダムな設定をバーチャル訓練に追加し、現実社会の乱雑さの代わりにすることでこの問題を回避している。
ロボットが実際の倉庫や工場で必要となる高度な技能を習得するには、さらなるブレークスルーが必要だ。だが、研究者がこの種の学習を確実なものにできれば、ロボットはやがて、ガジェットを組み立てたり、食器洗い機をセットしたり、おばあちゃんをベッドから起こしたりするようになるかもしれない。
(ウィル・ナイト)
原子力発電所の新たな波
ボブ・ムンガード(コモンウェルス・フュージョン・システムズCEO)/マサチューセッツ工科大学(MIT)プラスマ科学・核融合センター
次世代の原子炉として、核融合炉や核分裂炉の実現が近づきつつある。
この1年で進展した新しい原子炉設計技術により、次世代の原子炉は、より安全で安価になるだろう。具体的には、従来の設計を進化させた第4世代の核分裂炉、小型モジュール原子炉、永遠に手が届かない技術と思われている核融合炉などが含まれている。カナダのテレストリアル・エナジー(Terrestrial Energy)やワシントンに本拠地を置くテラパワー(TerraPower)など第4世代の核分裂炉を設計する企業は、(いくらか楽観的かもしれないが)2020年代までの送電網への供給開始を目指して、公益事業と研究開発パートナーシップを締結している。
小型モジュール原子炉は通常、数十メガワットの電力を生産する(ちなみに、従来の原子炉の発電量はおよそ1000メガワットだ)。オレゴン州のニュースケール(NuScale)は、小型モジュール原子炉ならば、コストを削減し、環境面や財政面のリスクを減らせるという。
核融合炉も進展している。2030年までに実現するとはだれも期待していないもののの、ジェネラル・フュージョン(General Fusion)やマサチューセッツ工科大学(MIT)のスピンアウトであるコモンウェルス・フュージョン・システムズ(Commonwealth Fusion Systems)のような企業は前進している。核融合をただの夢物語と考える人は多い。しかし、核融合炉はメルトダウンが起こりえないうえ、長期にわたって放射能が残留する「高レベル放射性廃棄物」が出ないため、従来の原子炉より社会的抵抗はずっと小さいだろう。(ビル・ゲイツは、テラパワーとコモンウェルス・フュージョン・システムズに出資している)。
(リー・フィリップス)
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逆風の原発それでも次世代原子炉が求められる理由 地球温暖化の主要な原因の一つである化石燃料による発電は、一向に減少する兆しを見せない。そうした状況を受けて、小型モジュール炉(SMR)や先進的な核分裂炉など新世代の原子力プロジェクトに対する期待が高まりつつある。しかし、技術面、コスト面をはじめ、一般市民の理解など、課題は依然として多い。
早産児の予測
NENOV | GETTY
簡単な血液検査で、妊婦の早産のリスクを予測できる。
早産児の予測
・なぜ重要か
早産児として生まれる赤ん坊は毎年1500万人にのぼり、5歳未満の子どもたちの死因の第1位となっている。
・キー・プレーヤー
アクナDx(Akna Dx)
・実現時期
5年以内に病院で検査できるようになる可能性。
遺伝物質は通常細胞の中にあるが、少量の「無細胞」DNAや「無細胞」RNAが血液中に浮遊している。こういった無細胞DNAやRNAは、 多くの場合、死んでいく細胞から放出される。妊婦の体内には、核酸のアルファベット・スープ(ローマ字型のパスタ入りスープ)のように、胎児や胎盤、そして自分自身から放たれた無細胞物質が浮遊している。
およそ10人に1人の赤ん坊が早産で生まれている。スタンフォード大学のバイオエンジニアであるステファン・クエイク教授は、医学的に極めて難しい問題の1つである早産に、無細胞DNA/RNAを用いて挑む方法を見つけた。
かつて細胞を採取するためには、腫瘍の生検や、妊婦の腹に針を刺す羊水検査など侵襲的な検査を実施する必要があった。しかし今や、浮遊しているDNAやRNAから、こうした検査で得られるのと同じような情報を収集できる。以前とは変わったのは、血液中の少量の無細胞遺伝物質を、より簡単に検出し、配列を分析できるようになったことだ。ここ数年、研究者は、がん細胞のDNAを見つけ出すことでがんを検出したり、ダウン症候群のような疾病の出生前スクリーニングをしたりするための血液検査の開発を始めている。
こういった検査では、DNAの中の突然変異を探して判断する。一方、RNAは、遺伝子の発現、つまり1つの遺伝子からタンパク質を合成する量を規定する分子である。クエイク教授は、母親の血液中の浮遊RNAの配列を分析して、早産に関連する7つの遺伝子発現の変化を検出する方法を見い出した。この方法を使えば、早産しそうな妊婦を特定できる。医師は、早産のリスクがあることがわかれば、早産を回避し、赤ん坊の生存確率を高める措置を取れる。
クエイク教授によれば、この血液検査に使われるテクノロジーを使えば、迅速かつ簡単に測定できるうえ、コストは10ドル未満で済むという。同教授の共同研究チームは、この血液検査を市場に出すために、スタートアップ企業のアクナDx(Akna Dx)を立ち上げた。
(ボニー・ロックマン)
ピル型腸検査装置
ブルース・ピーターソン
幼児にも使える小型の経口機器が、麻酔なしで詳細な腸の画像を撮影する。
あまり知らないかもしれないが、環境腸管機能障害(EED)は極めて高い医療費がかかる病気の1つである。炎症を起こした腸壁から栄養が生体内に漏れやすくなるため、栄養が十分に吸収できなくなるのが特徴で、貧困国では一般的な疾患だ。多くの人が栄養不良のため、発達に遅れがあり、平均身長に達することができなくなる理由の1つとなっている。EEDの原因が何であるか、どのように予防や治療ができるのかはまだ解明されていない。
EEDを検出するための効果的なスクリーニングは、医療従事者が、いつ、どのように介入すべきかを判断するのに役に立つ。すでに幼児に対する治療は可能だが、幼児の腸疾患の診断や研究には、麻酔をかけたり、喉から内視鏡を挿入しなければならないことが多いからだ。高価で不快な上、EEDが蔓延する地域では実用的ではない。
そのため、ボストンのマサチューセッツ総合病院(MGH)の病理学者でエンジニアのギレルモ・ティアニー教授は、腸のEEDの兆候を検査し、さらに組織生検にも使える小型装置を開発している。内視鏡とは異なり、プライマリ・ケア外来でも容易に取り扱える。
ティアニー教授の経口カプセルには、小型顕微鏡が装備されている。また、柔らかいひも状のコードが取りつけられ、電力や光を供給したり、モニターを装備したブリーフケースのような操作盤に画像を送ったりしている。このコードを用いて、医療従事者が目的の箇所でカプセルを停止したり、終了後カプセルを引き抜いたりできる。コードは滅菌後、再利用可能だ。ティアニー教授のチームは、再利用しても不快に感じない手法を開発したという。また、このカプセルには、単一の細胞レベルの解像度で、腸の表面全体を映し出したり、数ミリメートルの深さの横断面を3Dで捉える技術を搭載している。
この技術には、さまざまな用途がある。MGHでは、食道がんの前兆であるバレット食道のスクリーニングに使用している。EEDに関しては、ティアニー教授のチームが、カプセルを飲み込めない幼児向けに、さらに小型のカプセルを開発した。EEDが流行するパキスタンの若者を対象にした試験が行なわれ、幼児向けの試験は2019年に計画されている。
この小型検査機器は、EEDがどの細胞に影響を及ぼしているか、あるいはどの細菌が関与しているかなどの、EEDの発生に関する疑問を解決し、介入(医療機器を人体に適用する医療行為)や潜在的な治療法を評価するのに役立つだろう。
(コートニー・ハンフリーズ)
オーダーメイドのがんワクチン
PAPER BOAT CREATIVE | GETTY
この治療法は、身体が本来備えている防御機能を活用し、各腫瘍に固有の遺伝子突然変異を特定することで、がん細胞だけを破壊する。
オーダーメイドのがんワクチン
・なぜ重要か
従来の化学療法は多くの健康な細胞に損傷を与えるうえ、腫瘍に対して常に効果があるとは限らない。
・キー・プレーヤー
バイオンテック(BioNTech)、ジェネンテック(Genentech)
・実現時期
現在治験を実施中
科学者らは、最初の個別化がんワクチンの商品化を進めているところだ。ワクチンが期待通りに機能すれば、人間の免疫システムを活性化して、突然変異の独自性によって腫瘍を特定し、さまざまなタイプのがんを効果的に抑え込めるかもしれない。
このワクチンは、身体の自然の防御機能を用いて、がん細胞だけを選んで破壊する。そのため、従来の化学療法と異なり、健康な細胞へのダメージを限定できる。また、がん細胞を攻撃する免疫細胞は、がんの初期治療を終えた段階で、残っている細胞を見つけ出せるよう警戒することもできる。
こういったワクチンの可能性は、ヒトゲノム計画が完了した年の5年後、遺伝学者が最初のがん性腫瘍細胞の塩基配列を発表した2008年に具体化し始めた。
その後まもなく研究者たちは、がん細胞のDNAを、健常細胞のDNAや他の腫瘍細胞のDNAと比較し始めた。こういった研究により、すべてのがん細胞には数千まではいかなくても、数百という特定の突然変異があり、そのほとんどがそれぞれの腫瘍に特有のものであることがわかった。
数年後、ドイツのスタートアップ企業であるバイオンテック(BioNTech)が、こういった突然変異の複製が入ったワクチンが、体内の免疫システムを刺激し、同じ突然変異を持つすべてのがん細胞を探索・攻撃・破壊するT細胞を作り出せるという有力な証拠を提示した。
2017年12月、バイオンテックは、バイオテクノロジー大手のジェネンテック(Genentech)と共同で、がん患者を対象にワクチンの大規模な試験を開始した。現在進行中のこの治験は、少なくとも10の固形がんをターゲットとしており、世界中の施設から560人以上の患者を集めようとしている。
両社は、患者ごとにカスタマイズした数千単位のワクチンを、安価で迅速に生産するための新しい製造技術を開発している。しかし、容易ではないだろう 。ワクチンを製造するには、患者の腫瘍の生検を実施して、DNA塩基配列を解析し、その情報を製造現場に迅速に送らなければならないからだ。さらに、 製造したワクチンは、すぐに病院に届けなければならない。遅れは致命的だ。
(アダム・ピオル)
牛のいらないハンバーガー
ブルース・ピーターソン/スタイリング:モニカ・マリアーノ
実験室で作られた培養肉であろうが植物由来であろうが、代替肉は環境を破壊することなく、本物の食肉に近い味と栄養価を提供する。
牛のいらないハンバーガー
なぜ重要か
畜産は、壊滅的な森林減少や水質汚染、温室効果ガス排出を引き起こす。
キー・プレーヤー
ビヨンド・ミート(Beyond Meat)、インポシブル・フーズ(Impossible Foods)
実現時期
植物ベースの代替肉は実現済み。培養肉は2020年頃。
国連の予想では、2050年までに世界の人口は98億人になるという。その頃には、人々はさらに豊かになっているだろう。気候変動にとっては良くない兆候だ。人間は貧困から脱却すると、より多くの肉を食べる傾向があるからだ。
国連の予想によれば、食肉消費量は2050年までに2005年比で70%増加するという。つまり、人間の食肉消費のために動物を飼育することが、環境に最も悪影響を与えるのだ。
動物からタンパク源を摂取する場合、西洋の工業化された畜産方法で450グラムの食肉タンパク質を作るには、植物性タンパク質と比べて、4~25倍の水と6~17倍の土地、6~20倍の化石燃料が必要になる。
問題は、人間は簡単には肉を食べるのを止めそうにないことだ。つまり、培養肉や植物ベースの代替肉が、環境破壊を抑えるための最善の方法なのかもしれない。
培養肉とは、動物から筋肉組織を取り出しバイオリアクターで培養したものだ。研究者は味の向上に取り組んでいるが、最終製品の味は、動物の食肉と極めて似ている。培養肉を大規模に生産しようとしているオランダのマーストリヒト大学の研究者は、2020年までに培養肉のハンバーガーを市場に投入できると考えている。培養肉の欠点は、環境面の利点が小さいことだ。最近の世界経済フォーラムの報告によれば、培養肉の温室効果ガス排出量は、牛肉の生産による排出量より7%少ないだけだという。
ビル・ゲイツが出資しているビヨンド・ミート(Beyond Meat)やインポシブル・フーズ(Impossible Foods)などが作る植物由来の代替肉は、もっと環境に優しいかもしれない。これらの代替肉は、ピープロテイン(エンドウ豆由来プロテイン)や大豆、小麦、じゃがいも、植物油を使って食感や味を模倣している。
ビヨンド・ミートは、カリフォルニア州に2400平方メートルの新工場を持ち、すでに3万もの店舗やレストランを通して2500万個以上のハンバーガーを販売している。ミシガン大学のサステナブル・システム・センター(Center for Sustainable Systems)の分析によれば、ビヨンド・ミートのパテを作ることで排出される温室効果ガスは、牛から作られた従来のハンバーガーよりもおそらく90%少ないという。
(マーカス・ロヴィート)
二酸化炭素回収装置
ニコラス・オルテガ
大気中から二酸化炭素を回収するための効果的で手頃な方法は、過剰な温室効果ガス排出量の吸収だ。
二酸化炭素回収装置
なぜ重要か
大気からの二酸化炭素回収は、壊滅的な気候変動を食い止める実現可能な最終手段の1つとなる可能性がある。
キー・プレーヤー
カーボン・エンジニアリング(Carbon Engineering)、クライムワークス(Climeworks)、グローバル・サーモスタット(Global Thermostat)
実現時期
5~10年
二酸化炭素排出量を減らしても、温室効果ガスの温暖化効果は数千年も続く可能性がある。国連の気候パネルは、危険な気温上昇を防ぐために、今世紀中に世界中の大気から1兆トンもの二酸化炭素を除去するべきだと結論づけている。
2018年夏に発表されたハーバード大学の気候科学者デビッド・キース教授による驚くべき試算によれば、「大気回収(direct air capture)」という方法を用いれば、理論的には1トン当たり100ドル以下のコストで二酸化炭素を回収できるという。多くの科学者が高すぎると手を引いた以前の試算と比較すると、この金額はかなり水準が低い。ただし、キース教授の試算レベルまでコストが下がるには、あと何年もかかるだろう。
一方で、二酸化炭素を回収したら、それをどうするのかも考えなければならない。キース教授が2009年に設立し、ビル・ゲイツも出資しているカナダのスタートアップ企業カーボン・エンジニアリング(Carbon Engineering)は、試験プラントを拡大して、回収した二酸化炭素を主原料とする合成燃料の生産を増やす計画を立てている 。
チューリッヒに本拠を置くクライムワークス(Climeworks)の大気回収プラント(イタリア)では回収した二酸化炭素と水素からメタンを製造し、第2プラント(スイス)では二酸化炭素を清涼飲料業界に販売する予定だ。2018年、アラバマ州で最初の商用プラントの建設を終えたニューヨークのグローバル・サーモスタット(Global Thermostat)も同様だ。
それでも、回収された二酸化炭素が合成燃料やナトリウム化合物に変わる場合、大部分は大気中に戻ってしまうだろう。最終目標は、温室効果ガスを永遠に閉じ込めることだ。一部の二酸化炭素は、炭素繊維やポリマー、あるいはコンクリートなどの製品の中に閉じ込められるかもしれないが、それらよりはるかに大量の二酸化炭素をただ単に地下に埋める必要がある。
実際、工学的な観点からいえば、二酸化炭素の大気回収は、気候変動問題の対処法としては、極めて困難で高価な方法の1つだ。だが、排出量の削減度合いが遅いこと考えれば、大気回収以外に良い選択肢は残っていない。
(ジェームス・テンプル)
手首に装着する心電計
BRUCE PETERSON
規制当局による承認や技術の進歩により、ウェアラブル機器を用いた継続的な心臓の監視が容易になってきた。活動量計(フィットネス・トラッカー)は、本格的な医療機器ではない。激しい運動をしたり、バンドが緩んでいたりすると、正確な脈拍数を図れないことがある。だが、患者が脳卒中や心臓発作を起こす前の異常を診断する心電図をとるには、診療所に出向く必要があり、間に合わない場合が多い。
新しい規制に加え、ハードウェアとソフトウェアの技術革新によって実現した心電図対応のスマート・ウォッチは、医療機器の精度に近い機能を持ち、ウェアラブル機器の利便性を兼ね備えている。
2017年、シリコンバレーのスタートアップ企業アライブコア(AliveCor)のアップル・ウォッチ対応バンドが、2017年米国食品医薬品局(FDA)の認可を受けた。このバンドを用いれば、血栓や脳卒中の主な原因である心房細動を検出できる。2018年には心電計機能を搭載したアップル・ウォッチもFDAの認可を受け、リリースされている。
その後まもなく、医療機器会社ウィジングズ(Withings)が、心電計を備えた活動量計の計画を発表した。
現在のウェアラブル機器には、センサーが1つしか搭載されていないが、本物の心電計には12個のセンサーがある。ウェアラブル機器ではまだ心臓発作を探知できていないが、これはすぐに変わるかもしれない。
2018年秋、アライブコアは、特定の種類の心臓発作を検出できるアプリと、2つのセンサーを搭載したシステムについて米国心臓協会に暫定的な試験結果を示した。
(カーレン・ハオ)
下水管のいらないトイレ
THEDMAN | GETTY
エネルギー効率の高いトイレは、下水道設備なしでも動作し、その場で廃棄物を処理できる。
下水管のいらないトイレ
・なぜ重要か
23億人が、安全な衛生設備を持たず、結果として多くの人が死んでいる。
・キー・プレーヤー
デューク大学、サウスフロリダ大学、サウスフロリダ大学、バイオマス・コントロール(Biomass Controls)、カリフォルニア工科大学・
実現時期
1~2年
世界で約23億人の人々が、安全な衛生設備のない生活を送っている。適切なトイレのない住民は、近くの池や小川に糞便を流し、下痢やコレラの原因となるバクテリアやウイルス、寄生虫をまき散らしている。世界中の子どもたちの死亡原因は、9人に1人が下痢である。
現在、研究者たちは、発展途上国でも導入できる安価なコストで、排泄物の廃棄だけでなく、処理もできる新しい種類のトイレの開発に取り組んでいる。
2011年、ビル・ゲイツは、公衆衛生の分野における「Xプライズ 」(民間企業を対象にした優勝賞金2000万ドルの月面探査コンテスト)とも言える、「トイレ再発明チャレンジ(Reinvent the Toilet Challenge)」を立ち上げた。コンテストの開始以来、いくつかのチームが試作品を発表している。こうした試作品はすべて、排泄物をすべてその場で処理するので、離れた処理施設まで運ぶ大量の水も必要ない。
試作品のほとんどは自己完結型で下水管を必要としないが、小さな建物か収納コンテナに設置された従来型トイレのような形をしている。サウスフロリダ大学が開発したニュージェネレーター(NEWgenerator)トイレは、バクテリアやウイルスよりも小さな細孔のある嫌気性膜を用いて汚物を取り除く。コネチカットに拠点を置くバイオマス・コントロールズ(Biomass Controls)のプロジェクトでは、海上輸送で使用するコンテナサイズの精製装置を開発している。この装置は、排泄物を加熱して、特に肥料として使用可能な炭素に富んだ物質を作り出す。
これらのトイレの欠点は、使える規模がある程度決まっているということだ。たとえば、バイオマス・コントロールズのトイレは、主として1日に数万人の使用を想定して設計されているため、小さな村にはあまり適さない。デューク大学で開発された別のシステムは、近所同士のような少数の住宅で使用されることを意図している。
したがって、現在の課題は、これらのトイレを、より安価で、さまざまな規模のコミュニティにより適応できるものにすることだ。サウスフロリダ大学でニュージェネレーター・トイレの開発チームを率いたダニエル・イエ准教授は、「1つでも2つでも、ユニットを作るのは素晴らしいことです。しかし、このテクノロジーが本当に世界に影響を与えるための唯一の方法は、ユニットを大量生産することです」。
(エリン・ウィニック)
話し上手なAIアシスタント
BRUCE PETERSON
単語間の意味の関係性を捉える新しい手法は、人工知能(AI)の自然言語の理解能力を向上させている。
話し上手な人工知能アシスタント
なぜ重要か
人工知能アシスタントは、ただ単に単純な命令に従うだけでなく、レストランの予約や、配送の調整など、会話に基づくタスクをこなせるようになった。
キー・プレーヤー
グーグル、アリババ、アマゾン
実現時期
1~2年
アレクサがリビングで音楽をかけたり、Siri(シリ)がスマホのアラームをセットしたりと、私たちはAIアシスタントに囲まれている。だが、AIはまだ喧伝されているほどのスマートさを示してはいない。AIアシスタントは私たちの生活をシンプルにしてくれるはずだったのに、ほとんど進歩していないのが実情だ。狭い範囲の命令しか認識できず、ほんの少し変わったことを言うとわからなくなってしまう。
だが、最近の進歩によって、デジタル・アシスタントが理解できる範囲が広がろうとしている。2018年6月、オープンAI(OpenAI)の研究者が、人間の手ですべてのデータの分類やタグ付けをする費用や時間を削減するため、ラベルなしテキスト・データを用いてAIを訓練する手法を開発した。数カ月後、グーグルのあるチームが、数百万の文章を研究することで欠けている単語を予測する方法を学んだ「バート(BERT)」というシステムを発表した。多肢選択式テストでのバートの成績は、人間と同等のレベルだった。
このような改善や音声合成により、ただ単に命令を与えるだけでなく、AIアシスタントと会話できるようになってきている。将来的には、会議の議事録作りや、情報検索、オンラインでの買い物など、日常の細かい点に対処できるようになるだろう。
一部はすでに実現している。グーグル・アシスタントのアップグレード版である、人間のようで不気味なグーグル・デュープレックス(Google Duplex)は、電話に応答して、迷惑メールを送りつける業者や勧誘電話を選別できる。また、レストランやサロンに電話をかけ予約もできる。
中国では、消費者の間でアリババ(Alibaba)の阿里小蜜(AliMe)が浸透してきている。阿里小蜜は、電話で商品の配達を調整したり、チャットで商品の価格交渉をしたりする。
AIプログラムは、人が何を欲しがっているか分かるようになってきてはいるが、会話を理解することはできない。AIが発する言葉には原稿があるか、あるいは統計的に生成されており、機械が本物の言語理解能力を身につけることがいかに難しいかを反映している。そのハードルを越えられれば、まだ別の展開に出くわすだろう。恐らく、物流コーディネーターから、ベビーシッターや先生、友人にいたるまでだ。
(カーレン・ハオ)