なぜまだブロックチェーンは世界を変えられないのか? あちこちで喧伝されるブロックチェーンの「真価」なるものが発揮されるためには、何が足りないのだろうか?
ジョージタウン大学でブロックチェーンの研究センターを率い、MITメディアラボ研究員でもある暗号学の権威、松尾真一郎氏にブロックチェーンのポテンシャルとその問題について尋ねた。
──近年さまざまなブロックチェーンの開発が進み、単にブロックチェーンとひとくくりにするのではなく、パブリック/プライベートチェーンどちらを選ぶかという議論もあります。松尾先生は最終的にどのようなブロックチェーンが社会に実装されるとお考えでしょうか。
パブリックじゃないと意味がないと思っています。プライベートブラックチェーンって、本質的には1990年代に誕生したタイムスタンプ技術とあまり変わらないですから。プライベートの場合は運営者の思いつく範囲のなかでしかアプリやサービスが生まれませんが、パブリックなら誰でもアプリがつくれるようになる。そうすると分母が増えるので、イノベーションの数も増えると思うんです。
ただ、パブリックチェーンを使う「準備運動」になるという点でプライベートチェーンにも意味はあります。タイムスタンプ技術は2000年代からビジネスにも導入されていますけれど、使っている人は非常に少ない。でも、ブロックチェーンというキーワードが入っているとみんな飛びつきますよね。
インターネットが普及するときも同じことが起きました。1990年代は「イントラネット」と呼ばれるかたちでインターネット的な通信技術を社内のネットワークなど限られた範囲で使っていたわけです。最初は管理しやすいイントラネット的なものを使って、便利になってくるとインターネットへと移ってゆく。だから準備運動としてのプライベートチェーンは価値があると思います。
──では、こうした準備段階を経てパブリックチェーンが普及するとどういうふうに社会は変わっていくと思われますか?
こんなことを言うと怒られるんですが(笑)、ぼく自身はあまり答えをもっていません。でもパブリックチェーンが実現すればさまざまなユースケースを考えるのが得意な人も参入できるようになる。ただ、インターネットのことを考えてみても、LinkedInのようにまさにインターネット的な双方向・多方向な性質をもつSNSの登場まではインターネットの商用化から8年くらいかかりました。
──ブロックチェーンの場合も、それくらいの時間はかかってしまうということですね。
ブロックチェーンを使うアイデアは色々出てきていても、パブリックチェーンの性能はすぐに上がらないし、技術的な条件が揃うまではまだ4〜5年かかると思います。ビットコインやイーサリウムもブロックチェーンの外側でスケーラビリティを上げる技術を開発していますが、それも実装までは2年くらいかかりそうですから。
──なるほど。この数年でブロックチェーンの新たな実装アイデアを耳にすることは増えていますが、技術的にはどれくらいの変化が起きているのでしょうか。
大きな変化が起きたのはこの数年だと思います。スケーラビリティに問題があることは前からみんな気づいていたけれど、真剣に取り組むようになったのが2014年くらい。それまでは一部の人の「オモチャ」だったブロックチェーンが、現実的に注目されはじめた。ライトニングネットワークが出てきたり、会議が開かれるようになったり、この2〜3年で議論が進んでいます。
──では、今後ブロックチェーンを社会に実装していくうえで何が最も大きな課題になると考えられていますか?
まず、技術的にはスケーラビリティの問題があります。ブロックチェーンは性能を上げるとプライバシーやセキュリティが犠牲になる技術なので、そう簡単に性能が上がらない。「性能が上がりました」という発表がたまにありますが、実はセキュリティが犠牲になっていたりします。
ほかにも規制の問題がありますね。インターネットのときも法制度と干渉する話がありましたが、そのときより問題は深刻です。ブロックチェーンはお金や財産と直接的に関わってくるものですから。たとえば誰もがビットコインで買い物するようになったら国は消費税をとれなくなってしまいます。国家をマネジメントするうえで重要なツールであるお金をどう扱うのか考えなければいけないわけです。お金は国家だけでなく色々なものの根幹ですから。
そういう意味で最も大きな問題なのは、規制する側のレギュレーターにブロックチェーンのエンジニアと会話できる人がいないことです。レギュレーターの知識が足りていないし、共通言語もないし、会話する場所がない。そもそもエンジニアの人々が政府と話したがっているわけではないですからね。
──まずはレギュレーターとエンジニアを結びつけるような場所がないといけない、と。松尾先生の取り組まれていることも、こうした問題を解決しようとするものですよね。
アカデミアが仲介になれるんじゃないかと思っているんです。ぼくの所属するジョージタウン大学やMITメディアラボも参加している「BSafe.network」という大学だけの中立ネットワークは、ビジネス的にも規制的にもギラギラしていないサンクチュアリのような場所を目指しています。
アカデミアとレギュレーター、アカデミアとビジネス、アカデミアとエンジニアがコミュニケーションできる場所ですね。インターネットが普及する過程でインターネット技術の国際標準をつくろうとしたIETF(Internet Engineering Task Force)のような組織のように、ブロックチェーンのハブとなる場所をつくろうと思っています。
共通言語がないという問題も、いますぐそれをつくることは難しい。でも、ISOでブロックチェーンの標準化が始まっていますし、テクニカルレポートをつくるプロジェクトも動いている。そういうものが増えてくると共通言語として使ってもらえるんじゃないかなと。
──BSafe.networkは米国の大学を中心としたものですが、こうしたブロックチェーンに関連する取り組みは日本が少し乗り遅れてしまっているのではないかと感じました。
もちろん日本と海外で差はあって、現状は米国の大学から研究成果が出てくることが多いです。ただ、日本が遅れているというよりは世界中が遅れている(笑)。昨年のNCCでも伊藤穰一さんが仰ってましたが、ブロックチェーンの実装をフルマラソンにたとえるなら、いまは最初の5キロにすらたどり着いていない状態ですから。
インターネットが普及したとき、オープンソース的なプロジェクトを根付かせるために必要な枠組みをつくってきた人が日本にはたくさんいます。そういう方々がブロックチェーンの世界に飛び込んできているのはいいことだと思いますね。海外には優秀な大学がありますが、研究成果があってもそれを社会に根付かせる経験は足りていない。一方の日本には経験があるので、そういう意味でリードできる可能性はあります。
もちろん、ブロックチェーンは国家に依存する技術ではありませんから、色々な技術をもっている人を引き込んでいくことが重要だと思っています。
──今後ブロックチェーンを考えるうえで、BSafe.networkに限らずわたしたちが注目しておくべきことはあるでしょうか?
もっとネット中立性の問題に注目した方がいいと思います。日本でもマンガを無断で公開していた「漫画村」をめぐってサイトブロッキングを行なうか否か議論がありましたが、ネット中立性の話はブロックチェーンとも繋がっている。だって、サイトブロッキングが許されるならビットコインのようなブロックチェーンだって自由に止められるようになってしまうわけですから。
──欧州ではGDPR(一般データ保護規則)のような新しい規則も生まれて、従来のインターネットは徐々に分断され始めていますよね。
データのあり方、政府との関係性、テックジャイアントによるモノポリー…どれもインターネットが生まれたときに目を瞑ってきた問題が噴出してるんです。インターネットとブロックチェーンは相似形なので、日本政府のようにブロックチェーンをどんどん推進しようとする一方でサイトブロッキングを行おうとするのは矛盾しています。
ブロックチェーンって、足回りはインターネットが中立公平に動いていることが大前提とされている。実は隠れた前提がたくさんあって、それをきちんと認識しておくのは大事なことだと思っています。
そういう意味でも、個人的には実際に技術をつくっている人たちの動きには注目しています。技術的に確かなものをつくるのは結構骨が折れるんですが、ブロックチェーンの足回りを堅固にするために彼らはきちんとイノベーションを起こしていますから。
ぼくは10月6〜7日に開催される「Scaling Bitcoin Workshop」のプログラム委員長を務めているんですが、そこでもブロックチェーンのスケーラビリティについて議論が交わされます。実際にどういう足回りで技術的な問題が解決されているのか。そういうところを見ておくことが、ブロックチェーンの今後を考えていくうえでは意味をもってくるはずです。
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- 石神俊大 [Shunta Ishigami]日本版 ゲスト著者
- 1989年東京生まれ。おとめ座。編集者/ライター。合同会社飛ぶ教室所属。