アップルに自動車産業への関心があることは、テック業界では公然の秘密だ。最近、アップルがデザイン性の高いイギリスのスーパーカー・F1自動車メーカーと買収交渉中とする報道があった。全テック業界は、自律型移動手段により、どう乗車シェアリングを事業転換させるかに注目しており、この交渉は一見するほどあり得なくはなさそうだ。
フィナンシャル・タイムズ紙によれば、アップルがマクラーレン・テクノロジー・グループに企業買収の可能性(有料会員限定記事)を打診した、という。ニューヨーク・タイムズ紙も似たような噂を報道しているが、アップルは倒れない電動オートバイを製造するスタートアップ企業、リト・モーターズとも交渉中とも報じている。
マクラーレンはブルース・マクラーレンが1963年に設立したF1チームから生まれた。マクラーレン・ホンダ・ワン・レーシング・チームの運営と並んで、1992年からデザインに凝ったスーパーカーとして、最初にF1、最近では100万ドル以上もするP1の系統を製造している。
では、なぜアップルはマクラーレンに関心があるのだろうか。まず、マクラーレンは自動車メーカーにしては安価な方だ。フィナンシャル・タイムズ紙の報道によれば、交渉過程では、マクラーレンの査定額として10〜15億ポンド(13〜15億ドル)が示されたという。アップルには2000億ドル以上の現預金があり、交渉により、マクラーレンのすべてのF1カーにアップルロゴが付く話に決着しても、アップルには取るに足らない金額だ。少なくとも、自動車を大量生産する、ほかのどのメーカーを買収するよりずっと安価だ。
また、自動車メーカーにしては、マクラーレンは規模が小さい。マクラーレンは2015年に1654台の自動車を製造しているが、製造コストからすれば驚くには当たらない。しかしその限定的な生産台数は、空白のキャンバスとも捉えられる。フォルクスワーゲンが1998年に高級自動車メーカーのベントレー・モーターズを買収した時、ベントレーの年間生産台数は414台でしかなかったが、2013年には年間生産台数は1万120台にまで跳ね上がった。ニッチなブランドはオーナーの望むままに発展させ、拡張できる。アップルはマクラーレンの事業を比較的簡単に形成できるだろう。
さらにマクラーレンも、イノベーションという言葉をよく知る会社だ。マクラーレンの「公道を走れるスーパーカー」は、F1自動車の最先端テクノロジーを一般市場向けの自動車(とんでもなく高価にはなるが)に応用できることを示す。マクラーレンは、なじみのない材料と複雑なコンピューター・システムを活用しており、たとえばマクラーレンF1はカーボンファイバー製モノコックシャーシを使用した初の公道走行可能な自動車だ。もしアップルが最先端の自動車を作ることを目標にするなら、マクラーレンのチームは専門のノウハウを提供できるだろう。間違いなく、アップルは何らかの革命的製品を欲している。
しかしマクラーレンとの買収交渉は、アップルの自動車産業に対する関心についての最近の観測とは相容れない部分がある。今年前半、アップルは中国の配車アプリ「滴滴出行」に10億ドルを投資した。この取引は中国市場にさらに斬りこむためのもっと大きな戦略的な動きである可能性はあるが、(現在非常に人気がある)配車産業への興味も示している。
アップルは数ある選択肢から、自動車工学で才能があるテスラ出身者を採用してきたが、自動車そのものを製造するよりは、自動車にユーザーインターフェイスとソフトウェアを提供する立場をとる可能性が高い、と評されている。確かに、最近の雇用と解雇は自動運転車のソフトウェアを製作することに焦点を当てていること示すようにも見える。
また、アップルはテスラに投資するはずだと見る人もいる。そうなれば、現在資金面で苦戦中のイーロン・マスクの会社を救い、そしてティム・クックの会社に新しいアイデアをもたらすだろう。革新的アイデアは、今アップルに欠けていて、マスクにはあり余っている。なお、両者とも取引の可能性については言及していない。
マクラーレンとの交渉は立ち消えになる可能性があるが、もし成立すれば、アップルが独自性のある自動車会社に目をつけたことで、他のテック企業が揃って開発中の自動車とはまったく異なるものが、結果として生み出されるかもしれない。