タコは、私の右側、地面から約1.5mのところに浮かんでいた。体の向きを変えて、タコの方に歩いて近付く。しかし、大きな黒い実質現実(VR)ゴーグルを顔面に取り付けているのに、ゴーグルとPCを繋ぐためにあるはずの、背中を伝うケーブルはない。周りの誰もが、私を馬鹿っぽいと思っただろう。
試用したゴーグルは、現在販売されている製品と異なり、コードレスという点で際立っている。モバイル製品向けの半導体基板メーカーであるクアルコムがデモで見せたのは、宙に浮かぶタコだけでインタラクティブではなかった。しかしVR820の設計は、この種のコードレス型ゴーグルによって、実質現実が幅広く使用されることを予期させる。
サムスンのGear VRやグーグルのカードボード、近日発売予定のDaydreamなど、ディスプレイや処理能力をスマートフォンで代替するゴーグルでも、ケーブルレスで実質現実を体験できる。しかし、ゴーグルにスマートフォンを差し込む機種では、たとえばタコを調べるようとして動くとき、空間内の頭の位置を追跡できない。見回そうとして首を振れば映像も追随するが、立ち上がったり、前かがみになったりしても、視座は変化しない。
フェイスブックに買収されたOculus RiftとHTCのViveは、頭の位置を追跡して、より現実的に空間内を探索できる。しかし、この2機種は処理能力の高いPCと接続し、使用する場所で位置情報を取得するセンサーを設定する必要がある。一方で、クアルコムのゴーグルは内蔵のモーションセンサーとカメラで外界を捉えることでユーザーの位置を追跡できる。自己完結型のデバイスは、ゲーム用PCまでは高性能ではなく、複雑な映像は表示できない。また、クアルコムのデバイスが、RiftやViveの位置追跡精度に、どこまで迫っているかは明らかにされていない。クアルコムは、豊富な3Dゲームと体験に対応している、という。
ただし、クアルコムは設計をハードウェア・メーカーに提供する企業であり、ゴーグルを自社では販売しない。提供先企業が自社バージョンを製作することで、半導体基板の販売を増やそうとしているのだ。クアルコムの予想では、数カ月以内に最初の製品が販売される。
インテルは、今夏の初め、自社製一体型ゴーグルを発表し、クアルコム同様の戦略を展開しているが、製品を試用できる段階には達していない(「インテルMS連合VRゴーグルを提供」参照)。また中国では、さまざまな一体型ゴーグルがすでに市販されている。
クアルコムのヒューゴ・スワート上級役員(製品管理担当)は、クアルコムの計画に合わせて製造されるゴーグルは、タブレットの上位機種と同程度の価格になるべきだ、という。したがって、販売価格は500ドル以下となり、1400ドル以上かかるOculus RiftとPCの組み合わせ(日本国内では20万円以上かかる場合がある)に比べれば、ずっと低価格だ。