マサチューセッツ州マルボロにある介護施設ロビーズ・プレイス。デビッド・グラハムが朝目覚めると、部屋の壁にマジックテープで付けられた平べったい白い箱が、すべての動きを記録し始めた。
白い箱は、デビッドがいつベッドから出て、いつ着替え、いつ窓の方に歩いて行くか、いつトイレに行くかを知っている。眠っているのか、倒れているのかもわかる。白い箱は微弱な電波を使ってデビッドの歩行速度、睡眠パターン、いる場所、呼吸パターンを検出し、記録する。すべての情報はクラウドにアップロードされ、機械学習アルゴリズムがデビッドの日々何千もの行動の中にパターンを見つけ出す。
この白い箱は、研究者がアルツハイマー病の兆しを追跡し理解することを助ける実験の一部だ。
アルツハイマー病の患者が疾病の初期段階にある時点では、明らかな変化があるとは限らない。脳の変化は、患者が混乱や記憶障害を経験する何年も前から、行動や睡眠パターンに微妙な変化をもたらす可能性がある。研究者は、人工知能(AI)がそうした変化を早期に見つけ、アルツハイマー病の最も深刻な状態に進むリスクがある患者を識別できると考えている。
明らかな症状が発現する何年も前にアルツハイマー病の最初の徴候を見つけ出すことができれば、臨床試験中の医薬品が効きそうな人を特定できる。必要になるかもしれないケアを家族が計画するのにも役立つはずだ。アルツハイマー病のリスクがある人を観察するために、アルツハイマー病を発見するアルゴリズムが組み込まれた装置を家庭や長期介護施設に設置することが考えられる。モニター技術は、すでにアルツハイマー病と診断された患者への薬などによる治療を医師が調整するのにも役立つ。
製薬会社は、臨床試験中の実験的薬剤の恩恵を受けられる可能性が高い患者を医療記録から探し出す機械学習アルゴリズムに興味を持っている。患者が治験に参加した際に、AIはその患者の症状に薬が向いているかどうかを調査担当者に伝えることができるかもしれない。
アルツハイマー病を診断する簡単な方法はいまのところ存在しない。1つの検査だけでは診断できない。脳スキャンも、それだけではアルツハイマー病かどうかは判定できないのだ。その代わりに医師は患者の病歴、家族や医療従事者から報告された観察結果といった、さまざまな要素を検討する必要がある。機械学習は、他の手法が簡単に見逃しかねないパターンを拾い上げられる可能性がある。
デビッド・グラハムは、AIモニターが部屋に設置されている他の4人の患者と異なり、アルツハイマー病と診断されてはいない。だが、研究者はグラハムの行動をモニターして、医師からアルツハイマー病の疑いがあると診断された患者に見られるパターンと比較している。
マサチューセッツ工科大学(MIT)コンピューターサイエンス学部・人工知能研究所のディナ・カタビ教授のチームは、この機器を当初、高齢者の転倒を検知するために開発した。だがカタビ教授らはすぐに、はるかに多くの使い方があることに気づいた。転倒を感知できるなら、他の行動、たとえば家の中を歩き回るなど、アルツハイマー病の症候の可能性がある他の行動も認識できるにちがいないと考えた。
カタビ教授はその狙いを、ウェアラブルな記録装置を毎日着けることなく人々を観察することにあったと話す。「この方法は完全に受動的です。患者はセンサーを身に着ける必要はありません。特別なことをする必要は何もありません。ビデオカメラの嫌な感じもありません」。
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