アップルとiPhoneの終わり
現金2000億ドルの使い道
「雷は二度落ちない(Lightning doesn’t strike twice.)」とは、珍しいことは二度と起きないことの成語です。 by Tom Simonite2016.09.08
「iPhoneは、私たちの日常生活を変え続けてきました」とアップルのティム・クックCEOはサンフランシスコで7日、2007年に登場して以来、スマホ産業を切り開いてきた最新版iPhoneの発表で述べた。
iPhoneによって、アップルは世界で最も価値の高い企業に変わった。アップルはこれまでに10億台以上のiPhoneを販売したが、iPhoneの影響力は徐々に低下しており、巨大な新市場をあっという間に生み出すような製品は、なかなか作れるものではない。
ダートマス大学でテック企業の戦略を研究するコンスタンス・ヘルファット教授は「iPhoneによってスマホ産業が生まれましたが、2つ以上の産業を生み出せる企業は滅多にありません」という。
9年間で、iPhoneは6000億ドル以上の売上高と2500億ドル以上の利益を生み出し、毎四半期の売上高の大半を占めている。だが、アップルの最新の販売レポートによれば、iPhoneの販売額は前年比15%減少しており、今年上半期から続く不振により、利益が減っている。現在推定20億人がスマホを持っているが、8日に発表されたiPhone 7でも、モデルチェンジといえる新機能はほとんどなくなっている。
ヘルファット教授は、アップルのiPhoneは、T型フォードのように、新産業を切り開いた製品の傾向と一致している、という。アップルは、他社が取り組んでいた「ポケットコンピュータ」のアイデアを借りて、マス市場への投入に適した製品に仕立て、価格を設定して最初に商品化したのだ。
大きな技術的ブレイクスルーを賞賛されることもあるiPhoneだが、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のマーヴィン・リーバーマン教授は、実際には、アップルは既存の製品やテクノロジーの水準をそれほど大きく超えることなく、とても大きなチャンスを発見した、という。
「アップルがしたことの多くは付加的行為、つまり、先行者ではなく、最初にきちんと中身を理解したのです」
次のヒット商品や産業を予想することは常に困難だが、iPhone規模のチャンスを見つけるには、アップルが今見渡している範囲より、遙か彼方まで見通す必要がある、とリーバーマン教授はいう。つまり、アップル・ウオッチのような新しい単体のコンピューティング・デバイスが、iPhone並みに全世界にファンを生み出すとは考えられない。
ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツのパートナー、ベネディクト・エバンスは、アップルのようなハードウェア企業にとって、自動車はスマホ規模のチャンスを望める「次に確実に来る市場」だという。フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグCEOは、実質現実(VR)が次の大きなコンピューティング・プラットフォームだというが、エバンスは、VRが真にマス市場を獲得することには懐疑的だ。
アップルは、自動車開発の経験があるエンジニアを抱えている。電気自動車メーカーのテスラ出身者も中にはいる。ヘルファット教授は、車の再発明が新たな巨大ビジネスチャンスをもたらす可能性はあるというが、アップルがこれまでしてきたこととはまったく別の産業であり、市場で成功するのは、非常に険しい道のりだ、ともいう。
新しく自動車を設計し、製造工程を構築する技術的課題に加え、自動車産業でアップルが成功するには、iPhone以上に他の企業と密接な共同作業が必要になる。「アップル・カー」が登場すれば、iPhoneの登場時以上に、既存の車種やメーカーとの直接的な競争にさらされるだろう。
iPhoneの売上高は減少しているが、アップルは、ユーザーがスマホを買い換えるとき、多くのiPhoneを売り続けるだろう。アップルの利益率は現在でも高く、帳簿上2000億ドル以上の現金がある。
リーバーマン教授は、アップルはiPhoneの低迷によって生じた売上高の不足分を、新市場をゼロから打ち立てるような商品なしに埋めることになるという。アップルには、既存製品のプラットフォームを使うだけで、新たに売上を作る多くの機会がある、とリーバーマン教授はいう。
7日の発表会で、ティム・クックCEOは去年開始した音楽配信サービス「アップル・ミュージック」の成長を強調した。サービスには現在1700万人の有料会員がおり、投資家に対し、アップル・ミュージックや非接触型決済システム「アップル・ペイ」などのサービスでアップルの売上高は急速に伸びていると胸を張った。
この1年で、アップルは人工知能系企業4社を買収し、iPhoneの売上減による穴を埋めようとしている。ヘルファット教授は、アップルは伝統的に、自社の研究で新しいテクノロジーを生み出すより、買収によって新技術を獲得してきた、といった。
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クレジット | Photograph by Stephen Lam | Getty |
- トム サイモナイト [Tom Simonite]米国版 サンフランシスコ支局長
- MIT Technology Reviewのサンフランシスコ支局長。アルゴリズムやインターネット、人間とコンピューターのインタラクションまで、ポテトチップスを頬ばりながら楽しんでいます。主に取材するのはシリコンバレー発の新しい考え方で、巨大なテック企業でもスタートアップでも大学の研究でも、どこで生まれたかは関係ありません。イギリスの小さな古い町生まれで、ケンブリッジ大学を卒業後、インペリアルカレッジロンドンを経て、ニュー・サイエンティスト誌でテクノロジーニュースの執筆と編集に5年間関わたった後、アメリカの西海岸にたどり着きました。