カリフォルニア大学デービス校の研究室の出入口で、1人の大学院生がアリソン・バン・エーネンナーム博士を待っていた。オーストラリア人の遺伝学者であるバン・エーネンナーム博士は、モンサントの遺伝子組換え大豆に批判的な人々との議論に忙しい日々を送っている。ドキュメンタリー番組に出演し、遺伝子組換えが安全である理由を世の中に伝えているのだ。
バン・エーネンナーム博士は牛を使った科学的な研究をしている。大学院生のジョーイ・オーウェンが博士の耳元で何かをささやくと、博士は力強いオーストラリア特有のアクセントで「イェア(よし)」と声を上げた。「ノックイン(打ち込み)に成功しました」。
1年間にわたる挑戦の末、同研究室は遺伝子編集技術のクリスパー(CRISPR)を用いて、SRYと呼ばれる遺伝子をウシの皮膚細胞に導入することに成功したのだ。SRYは普通のDNAの小片とは異なる。SRYが存在するだけで雌を実質的に雄に転換できるのだ。より大きな筋肉、陰茎、睾丸を持たせられる(だが、精子を作り出すことはできない)。
「今日は研究室にとって特別な日です」とバン・エーネンナーム博士は述べた。
遺伝子編集技術は、家畜に対する大きな可能性を持っている。ウイルスに免疫があるブタや、より長い毛が生えるヒツジを生み出すのに使われてきた。バン・エーネンナーム博士は以前、遺伝子編集で乳牛の角をなくす取り組みに参加して成功を収めた。
博士は現在、「ボーイズ・オンリー」と呼ぶプロジェクトで、雄の子牛しか残さない雄牛を作ることを目指している。この雄牛を親として生まれてくるのは、通常の雄の子牛か、2つのX染色体と同時に性別を雄に決定付けるSRY遺伝子を持つ子牛のいずれかだ。雌の子牛は生まれない。
バン・エーネンナーム博士は、この技術が肉牛の牧場経営者に役に立つだろうと考えている。雄牛は雌牛よりも大きく、早く成長するからだ。つまり、より多くのステーキを作り出せる。牛肉はすでに米国で最も価値のある農産物となっている。CRISPRで遺伝子を編集された雄牛が放牧地を歩き回り、雄牛ばかりが繁殖する方向に確率が偏り、牧場経営が効率化する様子を想像してみてください、とバン・エーネンナーム博士はいう。
「私が家畜育種のイノベーションに奮闘するのはそのためです。遺伝的改良を1回だけすれば、あとは『タダ』なのです」。
規制面での問題
バン・エーネンナーム博士は、あらゆる形態の遺伝子組換え作物の断固たる擁護者だ。遺伝子組換え作物に反対する母親たちの団体が、そのような食品が安全でないと主張する論争で、バン・エーネンナーム博士はちゅうちょせずに自分自身も母親であることを指摘する。2014年、有名な科学教育者であるビル・ナイが世話役をした公開討論で、バン・エーネンナーム博士はモンサントの主任研究員とともに懐疑論者たちを論破した。
遺伝子組換え作物の討論は、皮肉にも「協同普及スペシャリスト(cooperative extension specialist)」の肩書を持つバン・エーネンナーム博士のような動物科学者に由々しき影響を及ぼしている。協同普及スペシャリストの職務は、農家たちに科学的ノウハウを広めることだ。しかし、職務の遂行がほぼ不可能であることが判明している。これまでに米国で消費が認められた遺伝子組換え動物は一種類、成長速度が非常に早いサケだけだ。
科学者たちは、遺伝子編集に対する規制が緩くなり、新たなアイデア …