複式簿記以来の革命
ブロックチェーンが作る
新しい「信用」
ブロックチェーン技術を一攫千金やマネー・ロンダリングのためだと考えていると、将来の分散型経済の基盤としての価値を見逃してしまう。ブロックチェーン台帳による改編不能な台帳の出現により「信用」に対するコストが大幅に下落し、不完全な信用の創造で利益を得ている銀行、金融機関、財政アドバイザーたちを脅かすことになる。 by Paul Vigna2018.04.27
1990年代に異常な勢いで膨れあがったインターネット・バブルは、最終的には数千億ドルもの富が失われて幕を閉じたと一般的には考えられている。バブル時代に低コストで調達した資金で作ったインフラ上に、バブル崩壊後、インターネットのイノベーションが起こったことは、あまり議論されていない。こういった資金は、光ファイバー・ケーブルや3Gネットワークの研究開発費、巨大サーバー・ファーム(データ・センター)の構築に費やされた。こうして整備されたすべてのインフラによって、アルゴリズム検索やソーシャル・メディア、モバイル・コンピューティング、クラウド・サービス、ビッグデータ解析、人工知能(AI)など、今や世界の最も強力な企業の基盤となっているテクノロジーが実現したのだ。
熱狂的で乱高下が激しい暗号通貨やブロックチェーン・ブームの裏で、インターネット・バブルと同じようなことが起きていると考えられる。2017年、空前の高値をつけた暗号トークン価格が暴落した時、ブロックチェーン懐疑論者は大喜びで歓声を上げた。だが、彼らは自分たちが馬鹿にしている暗号通貨の投資家と同じ間違いを犯している。内在する価値と価格とを混同しているのだ。ブロックチェーン・テクノロジー上に生まれる「優良産業」がどのようなものになるのか、まだ予想できないが、必ず出現すると確信している。なぜならこのテクノロジーが作り出しているのは、「信用」という金銭では買えない貴重な資産だからだ。
優良産業が必ず生まれると信じる理由を説明するには、14世紀までさかもぼる必要がある。
イタリア人の商人や銀行家の間で複式簿記が使われ始めた頃のことだ。複式簿記はアラビア数字の導入により可能になり、商人は信頼できる帳簿記録法を手に入れ、銀行家たちは国際決済システムの仲介業者として新たな強力な役割を担うようになった。だが、複式簿記は近代金融の道を開いた道具にとどまらなかった。当時の文化に取り込まれていったのだ。
1494年、カトリック教会フランシスコ会の修道士で数学者のルカ・パチョーリは、金銭の流れを追うためだけでなく道義的責任として、数学と会計学に関するマニュアルを出版し、複式簿記の考えを体系化した。パチョーリがいうには、商人や銀行家は取得した価値の代わりに、何かを返さなければならない。つまり、借方は貸方とつり合い、資産は負債と釣り合うといった具合に、お互いを相殺する項目を2つに分けて記載するのだ。
それまで軽んじられていた商人たちは、パチョーリの高潔な会計学の登場で宗教的な祝福を受けた。その後の数百年間で、偽りのない帳簿は誠実さと敬虔さのしるしだとみなされるようになり、手形交換所が決済仲介業者に姿を変え、貨幣の流通速度が上がった。このことはルネサンスに資金を供給し、世界を変える資本家が爆発的に増える道筋をつけた。
とはいえ、このシステムでも粉飾されることはあった。銀行家などの金融関係者は、帳簿を誠実に作るという道徳的義務を頻繁に放棄してきた。そして、今も変わらない。史上最大級の巨額詐欺事件の犯人として知られる米実業家バーナード・マドフの顧客や、巨額の粉飾決算が発覚し破綻に追い込まれたエンロン(Enron)の株主ならよく知っているだろう。また、たとえ帳簿に不正はなくとも、それなりの代償を払わなければならない。銀行や証券取引所などの一元的な信託管理人が欠くことのできない存在となり、その他の金融仲介業者は単なる仲介業者からゲートキーパー(企業の財務状況分析や開示情報の精査に携わる専門家や組織)に変貌した。ゲートキーパーは、顧客から手数料を徴収し、顧客を選ぶことで摩擦を生み出してイノベーションを萎縮させ、自らの市場の独占的地位を強固にしている。
では、ブロックチェーン・テクノロジーの何に期待しているかというと、一晩で誰かを億万長者にすることでもなければ、詮索好きな政府から財務活動を隠すことでもない。期待しているのは、会計学に対する徹底的な分散型アプローチや、ひいては経済団体を組織する新しい方法を作り出すことであり、信用コストを大幅に削減することなのだ。
新しい形態の簿記など作ったところで、凡庸だと思うかもしれない。だが、紀元前の都市国家バビロンのハンムラビ王までさかのぼること数千年、帳簿はずっと文明の基盤だ。社会の基盤である価値の交換をするには、それぞれの所有物や債権、借金などについてのお互いの主張を信用する必要がある。その信用を獲得するためには、社会全体に取引を常時監視する共通のシステムが必要だ。もしそうでなければ、アマゾンのジェフ・ベゾスCEOが世界一の富豪で、アルゼンチンのGDPは6億2000万ドルで、人類の71%が1日10ドル以下で生活し、アップルの株式が1株あたりの利益に対して特定の倍数で取引されていることを、知ることは不可能だろう。
ブロックチェーンの本質とは何か?
ブロックチェーンは、取引をリスト化した電子台帳だ(ブロックチェーンという言葉はよく聞くが、よく誤用もされている)。ここで言う取引とは、基本的になんでもいい。現実の金銭の交換のことでもあり、ビットコインのような暗号通貨の基礎となるブロックチェーン上にあるものでもいい。デジタルの株券のような資産の交換にしるしをつけることもできる。また、株の売買などの注文を記録すことにも活用できる。ある条件下で契約をコンピューターで自動化するスマート・コントラクトも、ブロックチェーン技術を活用している。たとえば、株価が10ドルを下回ったら購入する、といった具合だ。
ブロックチェーンが特別なのは、銀行や政府機関など単一の団体が「中央集権型」で台帳を管理するのではなく、「分散型」ネットワークとして独立した複数のコンピューターにそれぞれコピーを保管している点だ。台帳を管理する団体は1つではない。「コンセンサス・プロトコル」によって指図されたルールに従いさえすれば、ネットワーク上にあるコンピューターならば、どのようなものでも台帳を変更できる。コンセンサス・プロトコルとは、ネットワーク上の他のコンピューターの過半数が変更に合意するよう求める数学的アルゴリズムだ。
このアルゴリズムによって合意が成立すると、ネットワーク上のすべてのコンピューターが同時に台帳のコピーを更新する。合意なしに台帳に記帳しようとしたり、さかのぼって記帳を変更しようとしたりすると、自動的にネットワーク上のコンピューターがその記帳を無効として拒絶する。
通常、取引情報はある一定の大きさのブロックに保存され、合意アルゴリズムによって作られた暗号鍵によって、それぞれのブロックが鎖状につながれる(これが「ブロックチェーン」と呼ばれる所以だ)。このプロセスが、共有された「不変」の「真実」を作り出す。物事が正しく定められていれば、手を加えることのできない記録だ。
この全体的な枠組みの中には、さまざまなものがある。たとえば、多くのコンセン …
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