ゲイツが蚊の根絶に出資
反対の環境保護団体も
特定の種を根絶させる「遺伝子ドライブ」を巡って、環境保護運動が引き裂かれている。 by Antonio Regalado2016.09.07
ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団(本部シアトル)が、遺伝子編集技術「クリスパー(CRISPR)」で蚊を根絶するテクノロジーの研究開発資金を倍増する。
「遺伝ドライブと呼ばれる手法は、野生動物の群を通して形質を広められるが、自然を改変することになるため、環境団体からは反対されてもいる。
ゲイツが資金を提供する「ターゲットマラリア」プロジェクトは、ロンドンのインペリアル・カレッジを本部に、マラリア蚊のデオキシリボ核酸(DNA)を改変し、オスを無精子化する方法を模索してきた。改変されたDNAを持つマラリア蚊が野生に放たれれば、遺伝子ドライブによりマラリア蚊はやがて絶滅するはずだ。
スポークスマンであるブライアン・キャラハンによれば、3500万ドルを追加出資すれば、ゲイツ財団のターゲットマラリアへの総投資額は7500万ドルになる、という。遺伝ドライブテクノロジーへの投資でも、これまでで最大の規模だ。
昨年、インペリアル・カレッジ等の研究者が蚊に遺伝ドライブを施すことに初めて成功したとき、このテクノロジーが十分安全かについての世界的議論がわき起こった。
キャラハンは、新しい資金は、ターゲットマラリアが「他の病気に対象を広げられるかの検討はもちろん、生物学的安全性や生命倫理、地域社会の関与、規制の指針について、次にすべきことを明らかにすることにもつながります。基本的には足固めです」という。ゲイツ財団にとって、マラリア蚊への遺伝子ドライブ適用は、すぐに効果が出るとは期待していない長期的試みだが、もし効果があれば、実際にマラリアを根絶できる。
ゲイツ財団は、2029年までにアフリカで蚊が媒介する病気の根絶用に遺伝ドライブの使用承認を受けたいとしていた。しかし、マイクロソフトの創業者であるゲイツは、この夏もっと積極的な予測として、このテクノロジーが、2年後には使えるかもしれない、と述べた。
遺伝ドライブは、動物の交尾によって遺伝的指示が伝播することで目的を果たす。たとえば、遺伝ドライブでオスだけが誕生するようにすれば、雌が不足してその種の生息数は急減する。また、サハラ以南のアフリカで多くの子どもの死亡原因になっているマラリアが伝染しないよう、蚊を改変できるかもしれない。
一方で、ゲイツ財団は、MITメディアラボのケビン・エスベルト教授などの研究者と論争を繰り広げている。エスベルト教授は、遺伝ドライブ研究は、透明で社会全般の意見にオープンであるべきだと主張し、蚊が誤って放たれた場合の遺伝的バイオハザードのリスクを警告している。
今年初め、全米アカデミー(本部ワシントンDC)が発表したレポートによると、遺伝ドライブはまだ生活環境への適用には満たさないが、安全にテクノロジーを試験するための手順に踏み出した段階であり、ゲイツ財団も、このレポートの勧告に従うとしている
分断される保護活動家
遺伝的「バイオコントロール」の手法は、生態系を乗っ取り、在来種を絶滅に追いやっている蚊、ネズミ、ヒキガエル、魚などの侵入生物種を駆逐する方法として、自然保護活動家にも注目されている。
先週末、ハワイで開催された国際自然保護連合の世界自然保護会議で、非営利団体のアイランド・コンサベーション(Island Conservation)は、オスだけを生むようにネズミを遺伝子操作するプロジェクトを開始した、と発表した。
アイランド・コンサベーションは、鳥やトカゲを捕食する侵襲的なげっ歯類を、遺伝ドライブで島や群島から駆除できると考えている。また、鳥類マラリアに侵されている諸島内に残る在来種の野鳥を救うためにハワイから蚊を根絶したいと考えている研究者もいる。
しかし、別の環境保護団体は、こうした考えの一時停止を求める請願書をハワイで開催された世界自然保護会議で配布した。ある種の保護のために遺伝ドライブを認めれば、農業害虫を処理するような、遺伝子ドライブの商業的使用につながることを懸念しているのだ。地球の友(Friends of Earth)のエーリッヒ・ピカ会長は「遺伝的絶滅のテクノロジーは間違いで、生物の多様性を損失する問題を起こす危険な解決策である」と、遺伝子組換え食品に反対する運動の活動家が署名を集めた文書(遺伝ドライブを「無謀」としている)で述べた。
アイランド・コンサベーションのスポークスマンであるヒース・パッカードは、遺伝ドライブを検討するのは、世界の島々の90%にげっ歯類が繁殖しているからだ、という。アイランド・コンサベーションは、ガラパゴス諸島などでは毒入り餌でクマネズミを根絶した。しかし、毒はコストが高く、より大きな島では実行しにくい上、他の動物も殺してしまうかもしれない。
パッカードによれば、ハツカネズミの根絶プロジェクトが、テキサスA&M大学、ノースカロライナ州立大学、米国農務省と共同で進行中だという。ハツカネズミはでクマネズミほど大きな問題ではないが、太平洋のミッドウェー環礁で増殖しており、ハツカネズミがアホウドリのヒナを捕食する様子の投稿動画は、鳥類の保護に熱心な人々を奮い立たせた。パッカードによれば、アイランド・コンサベーションは4年以内に規制当局に実地試験の申請をしたいと考えている。
遺伝ドライブをめぐる議論は、遺伝子組換え食品をめぐる議論と同様に激化し、地球全体にもたらす影響も、遺伝子組み換え作物(GMO)に匹敵する可能性がある。つまり、遺伝子組み換え植物のように、遺伝ドライブは人類が享受する自然環境に影響を与えうるのだ
だが、自然保護や公衆衛生の活動家が、大きな問題を解決できる、他に類を見ないチャンスを目前にして、このテクノロジーの完成を研究室の中にとどめることはない。「私たちに必要なのは、斬新な最終的解決策となるテクノロジーであり、遺伝ドライブはそのひとつなのです」と、キャラハンはいう。
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クレジット | Photograph by Dave Thompson | Getty |
- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。