72という数は大きな数字ではないかもしれないが、量子コンピューティングの世界では極めて大きな数だ。グーグルは3月5日に「ブリッスルコーン(Bristlecone)」という名の新たな72量子ビット (キュービット) の量子コンピューティング・チップを発表した。キュービットは量子コンピューターにおける基本的な演算単位だ。こちらのキュービットカウンターとタイムラインが示すとおり、これまでの最高記録保持者はIBMが昨年発表した50キュービットのプロセッサーだった。
グーグルの量子コンピューター開発を主導するカリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョン・マルティニス教授は、まださらなるテストをする必要があると言う。だがマルティニス教授は今年中、あるいは数カ月のうちにこの新しいチップが「量子超越性」を実現できる可能性が極めて高いと考えている。量子超越性とは、量子コンピューターが現在で最高性能のスーパーコンピューターの計算能力を超える段階を意味する。
グーグルか、もしくは他のチームが量子超越性の達成を表明した暁には、エキサイティングな新時代の到来を告げるトップ記事があふれかえるだろう。量子コンピューターは新薬の発見、新素材の発明、暗号解読に寄与すると考えられている。
だが現実はもっと複雑だ。「『量子超越性』という言葉を好む研究者はあまりいないでしょう」とオックスフォード大学の量子専門家であるサイモン・ベンジャミン教授はいう。「その言葉は非常に人の心をひきつけますが、少し紛らわしいところがあり、量子コンピューターにできることを誇大宣伝しています」。
量子コンピューターの構成要素
その理由を理解するために、背景の事情を簡単に説明しよう。量子コンピューターの魔法の力はキュービットにある。情報を1または0として保存する従来のコンピューターのビットと違い、キュービットは1と0の多重状態で存在できる。この現象は「重ね合わせ」と呼ばれている。キュービットはまた、物理的につながっていなくても「もつれ」と呼ばれるプロセスを通じて互いに影響を与えることができる。
要するに、従来のコンピューターではビットがいくらか増えたところで、計算能力にそれほど大きな違いは起こらない。だが量子コンピューターでキュービット数が増えると、計算能力は飛躍的に高まる。原理的には、現在最高のスーパーコンピューターを負かすのにそれほど多くのキュービットを必要としないのは、それが理由だ。
だがキュービットを作り出すにはエンジニアリングの驚くべき離れ業が必要とされる。たとえば、宇宙空間よりも低い温度に保たれた超伝導回路の作成などだ (グーグルがこの方法を採用している)。極低温は超伝導回路を外部世界から遮断するために必要になる。「ノイズ」と呼ばれる温度の変化やごくわずかな振動の現象は、キュービットの「デコヒーレンス」や、ただでさえ不安定な量子状態が失われる原因となり得る。そんなことが起こったら、すぐさま処理にエラーが忍び込んでくる
キュービッ …