少なくとも数千年前、シュメール人がビールを醸造するようになって以来、人類はビール酵母として知られる単細胞菌類である出芽酵母 (Saccharomyces cerevisiae)と密接な関係をもってきた。発酵させることで、人間はミクロの微生物を自身のために操ることができたのだ。今日では酵母は、エタノールやインシュリンを製造するために利用され、科学研究室の主役となっている。
しかし、だからと言って出芽酵母がこれ以上改良されることがないというわけではない。少なくとも、ニューヨーク大学ランゴン医療センターのシステム遺伝学研究所のジェフ・ベイキー所長は、酵母を改良しようとしている。ベイキー所長は、酵母のゲノムを構成する1250万に及ぶ遺伝コードを合成しようとする、数百人規模の国際チームを率いている。
実際には、1つ1つの酵母の染色体(16本)を、ストーブ大の化学合成機で作成したDNAに徐々に置き替えていくことを意味する。その行程で、ベイキー所長と10以上の研究機関の共同研究者たちは、酵母のゲノムを扱いやすくして研究者たちが自由にその遺伝子を操作できるようにしようとしている。最終的には「Sc2.0」と呼ばれる合成酵母を自在につくれるようになることが目標だ。
「今後10年間で、合成生物学はあらゆる種類の化合物や素材を微生物から製造できるようになるでしょう。我々の酵母がそれに大きく貢献することを期待しています」(ベイキー所長)。
この研究をフォード社の最初の自動車に例えてみると、現段階では手作りで、さらに今のところ世界に一種だけしかない。だがいつか、私たちは日常的にコンピューター上でゲノムを設計しているかもしれない。生物のDNAを操作したり、編集したりする代わりに、まったく新しいコピーを簡単に印刷できるようになるかもしれない。燃料を効率的に生み出すように人工的に作られた藻類、病気にならない臓器、絶滅した生物の復活——を想像してみてほしい。
「合成生物学は宇宙開発革命やコンピューター革命よりも大きなものになるでしょう」と、ハーバード大学医学部のゲノム科学者であるジョージ・チャーチ教授はいう。
これまで研究者は、ウイルスやバクテリアを動かす遺伝子を合成してきた。だが、酵母はこれらの生物とは異なり、真核性細胞である。つまり人間と同様にゲノムを細胞核の中に持ち、染色体で束ねている。また酵母のゲノムは、ウイルスやバクテリアよりもずっとサイズが大きい。
これは問題だ。なぜならDNAの合成はDNAの解析ほど安くはないからだ。ヒトゲノムは最近では1000ドルでその配列を解析でき、その費用はさらに安くなりつつある。それに比べ、酵母のDNAの1つを組み替えるのに、ベイキー所長は125万ドル相当を払わなければならない。人件費やコンピューター・パワーの向上にかかる費用などを加えると、すでに10年ほど続いているこの研究プロジェクトのコストはかなり大きくなる。
チャーチ教授や他の研究者とともに、ベイキー所長は、今後10年間に1000倍にもなろうというゲノムの設計や編集、 …