「本物」の科学はこうやってプロパガンダに利用される
悪意のある人物がプロパガンダにより、科学に対する公衆の認識をどのくらい容易に歪曲できるのだろうか? カリフォルニア大学の研究チームが定量的シミュレーションを実施した結果、多くのシナリオで、プロパガンダは大きな影響力を持つことがわかった。 by Emerging Technology from the arXiv2018.02.02
1950年代、医療従事者は喫煙ががんの原因となっていることを懸念し始めた。1952年、人気雑誌のリーダーズ・ダイジェスト(Reader’s Digest)はその因果関係を証明する証拠が相次いでいることについての「喫煙によるがん(Cancer by the Carton)」という記事を発表した。この記事は公衆に大きな衝撃を与え、メディアに大きく取り上げられた。今となっては、喫煙が健康に及ぼすリスクについては疑いの余地はない。
それでも、喫煙の禁止令はなかなか施行されず、米国における多くの規制はリーダーズ・ダイジェストが記事を出してから40年以上経ってから制定された。
規制の制定が停滞していた理由は、後になってみれば明らかで、ナオミ・オレスケスとエリック・コンウェイが2010年に出版した書籍『世界を騙しつづける科学者たち』(楽工社刊)に詳しく書かれている。この書籍ではタバコ業界が広告会社を利用して、証拠にまつわる論争をいかにして生み出し、その信憑性に疑いをかけたかを説明している。
タバコ会社と広告会社は、喫煙が人の命を奪うという見方を否定する調査結果や意見を生み出すために、共同出資してタバコ産業調査委員会(Tobacco Industry Research Committee:TIRC)という組織を創設した。TIRCにより誤った疑念が生み出され、タバコの販売を規制するはずの政策変更が延期された。
この手法は当時のタバコ業界にとっては大成功だった。同書でオレスケスとコンウェイは、同じような手法が気候変動の議論にも影響を与えていると指摘している。すなわち、科学的な合意は明白なのに、公衆の議論は意図的に曇らされ、疑念を生んでいる。実際、タバコ戦略を考え出した当事者の一部が、気候変動の議論の衰退にも関与しているとオレスケスとコンウェイは述べている。
そこで、重要な疑問が生まれる。悪意のある人物が科学に対する公衆の認識を曲げることはどのくらい容易なのだろうか?
この疑問に対する答えはいまでは、カリフォルニア大学アーバイン校のジェームス・オーウェン・ウェザーオール教授と同僚たちのおかげで得ることができる。ウェザーオール教授たちは科学的合意が形成される方法と、それが政策立案者の意見にどのように影響を与えるかを示すコンピューター・モデルを作成した。科学的合意による意見がどのくらい容易に歪曲されるかを研究し、現在ではタバコ業界がかつて利用した手法よりもさらに巧妙な手法で、科学の認識を簡単に曲げられると結論づけた。
タバコ業界の最初の戦略には複数の攻撃ラインがあった。そのうちの1つは、タバコ産業を支持する研究に出資し、求められるストーリーに合った結果だけを発表することだ。「たとえば、TIRCは1954年に『A Scientific Perspective on the Cigarette Controversy(タバコ論争に関する科学的観点)』というパンフレットを20万人近い医者、ジャーナリスト、政策立案者に配布しました。このパンフレットではタバコを肯定する調査結果を強調し、反対の見方を支持する結果には疑問を投げかけています」。この手法を「偏向した成果」と呼ぶ。
2つ目の手法は、タバコ業界のストーリーをたまたま支持している個別の研究を宣伝することだ。たとえば、TIRCはアスベストと肺がんの関係の研究を支援した。というのも、その研究によってがんの原因となる他の要素を示し、議論 …
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