12月第2週、世界有数の人工知能研究者がロサンゼルスに集結したはいいが、その多くはいつまで米国が人工知能(AI)の中心的存在でいられるのだろうかと疑念を抱いている。
ロングビーチで開催された神経情報処理システム学会(NIPS)はAIにおける画期的研究をお披露目するのに最高の場だ。だが、米国政府の政策によって近年のAIブームに水を差される可能性が出てきた。
米国議会の税制改革が直近の課題となっている。AIを含む研究費の削減、外国人研究者の移住制限の強化に続き、今度は大学院生が負担する費用を大幅に上げようとしている。
「官民が何十年に渡ってAIに投資してきたことで、米国は現在、AIの基礎研究でトップに立っています」とスタンフォード大学のアンドリュー・ング非常勤教授は話す。ング教授は、スタンフォード大学准教授として機械学習の分野で先駆的な研究活動に従事した後、米国のグーグル、中国のバイドゥでAI研究を率いてきたAI分野の中心人物の1人だ。「浅はかな政策のせいで、これまでの努力がたちまち水の泡になってしまうかもしれません」。
企業や大学が最高の人材を求めて集まるNIPSでは、税制改革の影響が取り沙汰されるだろう。長年、NIPSはニューラル・ネットワーク(成果が少なく主流から大きく外れていたAIの一分野)にコツコツ取り組む研究者のための小さな会合だった。ところが2012年頃、ニューラル・ネットワークの飛躍的な進歩がAIに新たな息吹を吹き込んだのだ。
ますます広がるAIブームを反映するように、NIPSはこの数年で数百人の学者が集まる小さな会合から、何千人もの人が参加し、大企業の採用担当者も顔を出し、豪華なパーティーが随所で開催される一大イベントに成長している。
現在議会で成立に向けて進められている税制改革法案では、通常大学が免除している大学院生の学費を課税の対象とするよう打ち出している。つまり大学院生の多くは1万ドル近くもの税金を突如支払わなければならなくなるのだ。このため、米国の大学も教授も大学院生を確保するのに一層苦労することになる。12月2日に上院で可決された税制法案にはこの条項は含まれていなかったが、最終案に盛り込まれる可能性は残っている。
「この税制改革法案はばかげています」と話すのはアマゾンを退職し、12月後半にカーネギーメロン大学の助教授に就任するAI研究者、ザッカリー・リプトンだ。「海外の大学や産業界に対抗するための競争力にとって、重大な脅威です」。
AIの競争が激化し、外国もAIに焦点をあてている中での米国政府のこの動きはタイミング的に最悪だ。長い目でみると、学界だけではなく、大学の研究成果を取り込んできた米国の技術力にまで影響が及ぶ可能性もある。
一方で、外国政府はAI研究への多額の投資の機会を狙っている。たとえば、中国政府だ。何十億ドルもの巨額資金を研究開発に注ぎ込む計画を発表している(「国家レベルでAIに賭ける中国から何を学ぶべきか」参照)。
AIの影響を研究している研究者も、同様に政府の政策を心配している。「みなさんと同じ気持ちですよ。これはひどいですね」とAIの経済成長と格差への影響を研究しているマサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営学大学院のエリック・ブリニョルフソン教授はいう。「まったく、敵国が米国を貶めようと企んだような法案です。米国の政策のせいで、AI研究者は文字通りこの国を見捨てるでしょう」。
税制改革法案は、大企業が有能な人材を採用するのに投じているばく大な予算にも大きな影響がある。グーグル、フェイスブック、アマゾンといった巨大企業は、日常的に自社への就職を希望する大学院生に10万ドルあるいは20万ドルの資金提供を申し出ているのだ。マシン・ビジョンとAI学習の専門家で、最近プリンストン大学に移ったオルガ・ロザコフスキー助教授は、産業界での仕事が魅力的になってしまうとAI研究が歪められるのではないかと危惧している。
「現在、民間企業は政府よりも多くの資金をAIの研究開発に投資しています。これ以上差が広がると、大学での研究の種類や目標、価値観にも影響が出てきます」。
政府の移民政策はAIのスタートアップ企業にも影響している。MIT発の自律自動車のスタートアップ企業、ニュートノミー(nuTonomy)のカール・イナネムマ最高技術責任者(CTO)によると、米国内では研究者を採用するのが難しいため、結果として、シンガポールのオフィスで募集をかけているという。
だが、この政府の政策で一番大きな打撃を受ける可能性が高いのは学界だ。「学生は多くを犠牲にしながら研究を続け、より有意義な形で社会に還元し、科学の分野を開拓しています。次世代の教育者にもなるかもしれません」とロザコフスキー助教はいう。「これ以上彼らの生活を厳しくする、あるいは大学に残って研究を続けるという機会を否定するような政策はあまりにもひどく、社会全体にとっても、まったく良いことではありません」。