機械式ナノデバイスが開く、量子インターネットへの道
量子もつれを利用した「量子通信」では、完全な秘匿性を確保して情報のやり取りができる。光ファイバーを使う量子通信システムには通信距離に数百キロという制限があるが、新たに開発された機械式ナノデバイスを利用することで、大陸規模の量子通信が可能になる見通しだ。 by Emerging Technology from the arXiv2017.11.17
量子力学の奇妙な法則のおかげで、宇宙のある部分から別の部分へ完全な秘匿性を保ったまま情報を送ることができる。情報を盗聴しようとしても原理的に不可能だ。そのため政府や軍隊、銀行などは、この技術の進展を心待ちにしている。
実のところ、基本的なシステムはすでに存在する。現行の量子通信システムでは、2つの地点を光ファイバーで直接つないで、それを利用している。しかしファイバーが光を吸収してしまうため、量子情報を送信できる距離には数百キロという制限がある。量子情報をさらに遠くへ送るには、ファイバーでつながれた量子ルーターのネットワークである量子インターネットが必要になってくる。量子ルーターとは、量子情報を受信して保存し、ネットワーク経由で送ることのできる装置である。
それは簡単なことではない。量子情報が脆弱なものであることはよく知られている。すぐさま量子デコヒーレンス(量子系の干渉が外部環境との相互作用で失われること)が起こって状態が遷移し、周囲に漏洩してしまうのだ。そのため物理学者たちは、量子状態を受信し、保管できる堅牢な装置を熱望している。
オーストリアのウィーン大学の大学院生ラルフ・リーディンガーと数人の共同研究者は、まさにその待望の装置を開発したことを発表した。リーディンガーたちが開発したナノマシンは、通常の光ファイバーケーブルで送られた量子情報を受信し、保存できるという。
装置は、ナノサイズで加工されたシリコン共振器のペアで構成される。共振器はギターの弦のように振動する小さなシリコンのビーム(梁)である。これらのビームは数マイクロメートル程度の大きさであり、光学通信の範囲において正確な周波数で共振できるように長さを決めた。今回の場合の周波数は5.1ギガヘルツで、これは1553.8ナノメートルの波長に相当する。
実験では共振器を絶対零度近くまで冷却して、振動が起こらないようにした。つまり、量子基底状態である。
次に2つの共振器を、共振周波数のフォトンで満たした光ファイバーケーブルにつなぐ。これによりそれぞれの共振器のバーにフォノン(音量子)、つまり量子化された振動が生まれる。すなわち、光の放射圧によりビームが振動する。この振動は量子的なプロセスなので、ビームとフォトンの間に量子もつれが生じる。
話だけ聞くと単純に思えるが、実現するのは簡単ではない。ビームがフォトンと正確に同じ周波数で振動しなければならないからだ。条件を満たすビームを手に入れるため、リーディンガーたちは電子線リソグラフィーとプラズマ反応性イオンエッチングを用いて、シリコンチップ上に500本ほどのビームを作った。
そしてチップを2つに分けて、各チップのすべてのバーの共振周波数を測定し、同一となるペアを探した。「チップ1枚あたり234のバーの中から、条件を満たすペアが全部で5組見つかりました」。実際には、フォトンとバーの共振周波数には数メガヘルツの差が生じるが、ファイバーの光パルスを操作することで相殺した。
原理を実証するために作成した装置で性能を試したところ、素晴らしい結果が得られたという。研究チームは、2枚のチップを冷却装置に入れ、20センチ離して70メートルの光ファイバーでつないだ。そして2つのナノ共振器に量子もつれを生じさせ、量子的な特徴を持つ証拠を測定した。
この装置を大幅に拡張することは難しくない。「数キロメートルか、それ以上に拡張しようとする際に制約になるものは何もありません」とリーディンガーたちは語る。
量子もつれの距離は、量子状態を保存できる時間によって制限される。この時間により、量子もつれの状態にあるフォトンが移動できる距離が決まるからだ。リーディンガーたちの実験では、必要な測定距離を短くするために、フォノンのコヒーレンス時間を制限している。
しかしこれらの共振器は、簡単に最先端の性能を得ることができる。「最新の機械的素子における状態の存続時間は通常1 マイクロ秒から1秒ですから、量子もつれの状態を地域、さらには大陸レベルにまで広げられます」。
ナノ共振器に量子ルーターの機能があるのは明白なので、このすべては重要である。「ここで提示しているシステムは、より多数の装置に直接つないで拡張でき、現実の量子ネットワークに統合することも可能でしょう」とリーディンガーたちは語る。
さらに、システムを改良して、情報をマイクロ波の周波数帯で送るようにすることもできるため、そうした周波数で動作する量子コンピューターと連携させることも考えられる。
これらのことを考え合わせて、リーディンガーたちは野心的な結論を導き出している。「今回の成果を、光からマイクロ波の領域へ量子情報を送ることのできる光学機械装置と組み合わせれば、超伝導量子コンピューターを用いた未来の量子インターネットのバックボーンになる可能性があります」。
問題は、それがいつ実現するかである。
(参照:http://arxiv.org/abs/1710.11147 : Remote Quantum Entanglement Between Two Micromechanical Oscillators:2つのマイクロ機械式共振器の間の遠隔量子もつれ)
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