KADOKAWA Technology Review
×
【冬割】 年間購読料20%オフキャンペーン実施中!
CDCのある米国が新型コロナ検査で失態を演じた理由
Associated Press
Why the CDC botched its coronavirus testing

CDCのある米国が新型コロナ検査で失態を演じた理由

米国疾病予防管理センター(CDC)が、新型コロナウイルス感染症の検査体制の整備で大きな遅れを取っている。感染症対策で「お手本」とされることが多い世界的な保険機関は、なぜ初期対応を誤ったのか。 by Neel V. Patel2020.03.09

米国疾病予防管理センター(CDC)は、世界的に有名な保健機関の1つだ。それだけに今回、CDCが新型コロナウイルス(COVID-19)の検査キットを全米各地へ配布するのにこれほどひどくしくじってしまったのは、一層不可解なことに感じる。他国が数百万件の検査を実施する一方で、CDCは本稿執筆時点(3月5日)で1235人の患者しか検査できていない。感染症のエピデミック(局地的な流行)の早期対応では迅速さが重要だ。今回のCDCの不手際が、米国国内のアウトブレイクの追跡における損失につながることは確実だ。

CDCは2月5日に新型コロナウイルスの検査キットの配布を開始した。だが、その後間もなく、検査キットの多くが、試薬が汚染された結果、ネガティブコントロール(コロナウイルスが存在しないときに陰性を示すと分かっている対照実験)で異常が見つかった。恐らく検査キットの開発に急いだことによる副次的影響だろう。ネガティブコントロールで失敗した研究機関は、検査のためにサンプルをCDCに送り返す必要があった。

CDCの検査キットはPCR検査に基づいている。PCR検査では、DNAのサンプルを、臨床医が容易に特定・検査できるように数百万~数十億コピーに増幅する。PCR検査は35年前から存在する、すでに確立した技術だ。より質の高い酵素や試薬などでPCR検査の過程を改善することで、検査の精度は向上し、分析の途中でもリアルタイムでターゲットを検出できるようになった。

では一体なぜ、よりによってCDCが、これほど確実な手法に基づく検査の開発で、大失態を演じてしまったのか?

まず知っておくべきことは、PCR検査が非常に敏感な検査法であるということだ。汚染物質がまったく入っていない試薬が必要であり、(今回の事例のように)ほんのわずかな汚染物質も試薬を完全に台無しにしてしまう可能性がある。ネガティブコントロールで誤ったウイルスゲノムを検出して偽陽性を示すのは、最悪のシナリオに等しい。サンプルが本当に陽性なのか、汚染が原因で陽性を示したのかが分からず、他の検査結果に疑問が浮上するためだ。「実際、正確な結果を出した検査があったのかどうかすら判断できません」。グリフィン大学(オーストラリア)の感染症・免疫学主任のナイジェル・マクミラン教授は話す。

PCR検査におけるDNAの増幅は、標的DNAに相補的な塩基配列を持つ短鎖であるプライマーを用いて始める必要がある。ワシントン大学のウイルス学部長のキース・ジェローム教授は、「プライマーの設計は、いまだにどこかアートのようなところがあり、完全に予測できるわけではありません」と指摘する。ウイルスの遺伝子配列の良質なデータベースがあったとしても、コンピューター上で見栄えの良いプライマーセットがすべて現実世界でもうまく機能するとは限らない。

こうした問題は、PCRやウイルス検出、新興感染症の検査に限らず、あらゆる検査で起こり得る。「ですが、CDCに関して言えば、前代未聞なのは確かです」とマクミラン教授は話す。「CDCは通常このようなことにかなり注意を払います」。

だが、信頼性のある検査の不足をPCR検査のせいにすべきではない。ミシガン大学の臨床微生物学主任のデュアン・ニュートン准教授によると、診断を制限する最大の要因は、そのテクノロジーではなく、むしろ新しい検査やプラットフォームに対する規制承認プロセスだという。規制承認プロセスは安全性および有効性を確保するのに重要だが、必然的に生じる遅延が「メーカーや研究機関の、新しい検査の開発や実施に投資する意欲や能力を削ぐ」ことがしばしばあるとニュートン准教授は述べる。

今回の事例はまさにそれに当たる。米国食品医薬品局(FDA)の規則は当初、州や民間の研究機関が、たとえコロナウイルスのPCRプライマーを独自に開発できたとしても、独自のコロナウイルス診断検査を開発することを阻止していた。そのため、唯一利用できる検査が不正確だと突如判明した際、どのプライマーセットがうまく機能するのか、誰も分からなくなってしまったのだ。

CDCとFDAは2月24日、それまでの姿勢を覆して規則を撤廃した。民間および大学の研究所は現在、検査開発への参加が認められている。「多くの人が取り組んでおり、私たちは常に情報を交換しています」とジェローム教授は話す。「少なくとも私たちの手元にあるものに関しては、一部のCDCのプライマーは他のプライマーよりうまく機能するように思えます。WHO(世界保健機関)のプライマーセットのいくつかはかなり質が高く、一部の大学の研究グループのものも質が高いようです」。

PCR検査の設計にこれといった技術的問題があるわけではないため、ほとんどの研究機関が自信を持って開発できるはずだ。先週には、州および民間の研究機関が検査を独自に開始している。すでに大きな進歩が見られている。たとえば、ワシントン大学は1日に1500サンプルを検査できる新しい診断方法を開発したし、日本のある研究グループ(日本版注:神奈川県衛生研究所と理化学研究所)は、新型コロナウイルスをわずか10分から30分で検出できる検査を開発したと主張している。

「ウイルス学の分野に限らず、米国が以前から持っていた強みは、常に多様な人々や団体があらゆる問題に取り組んできたことです」とジェローム教授は話す。「それがたとえCDCのような優れた組織だとしても、単一の組織によってのみコロナウイルス検査を実施すべきだと決めた時、私たちは自身の最大の強みを手放した格好になりました」。

試薬の問題は現在では解消され、CDCは前へ進む準備ができているようだ。先週末までに、全米各地の研究機関で約40万人の患者を検査できるようになるとCDCは見込んでいる。すでに世界の他の研究グループは、今回の危機を、PCR検査を迅速化し、さらには抗体検査のような他のウイルス診断検査方法を開発する機会と捉えている。地域機関および民間機関にも、奇妙な制約を受けずに決断力を持って行動を取るための同様の権限を与えるべきだ。「CDCにはすばらしい資源があります」とマクミラン教授は話す。「ですが、十分に先を見越してタイミングよく対応できなかければ、事態は悪化し始めるでしょう」。

人気の記事ランキング
ニール・V・パテル [Neel V. Patel]米国版 宇宙担当記者
MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。2024年受賞者決定!授賞式を11/20に開催します。チケット販売中。 世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を随時発信中。

特集ページへ
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版

「ブレークスルー・テクノロジー10」は、人工知能、生物工学、気候変動、コンピューティングなどの分野における重要な技術的進歩を評価するMITテクノロジーレビューの年次企画だ。2024年に注目すべき10のテクノロジーを紹介しよう。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る