血液検査で早産を予測
世界の赤ちゃんを救う
リキッド・バイオプシー
早産で生まれる赤ちゃんは、毎年1500万人にも及ぶ。早産の可能性を予測できれば、その命を救えるかもしれない。スタンフォード大学のステファン・クエーク教授はリスクの低い血液検査による予測方法を開発し、商用化に取り組んでいる。 by Bonnie Rochman2019.05.03
毎年1500万人の赤ちゃんが早産で生まれる。ステファン・クエーク教授の娘、ゾーイもその1人だ。クエーク教授と妻のアシーナは、出産予定日の1か月前の夜中に救急救命室に駆け込み、ゾーイを緊急帝王切開で出産した。ゾーイは最初の晩を保育器の中で過ごした。当時、カリフォルニア工科大学の生体工学の研究者だったクエーク教授は、なぜ出産をもっと正確に予測できないのかと疑問に思った。
この疑問がクエーク教授の頭から消えることはなかった。クエーク教授は、ゾーイが高校3年生になる数カ月前に、妊婦用の血液検査を開発した。この検査は、在胎37週未満の早産児が生まれるかどうかを調べることができる。さらに、妊娠6か月前後の妊婦に向けた、安くて簡単に使える血液検査として商用化するために、クエーク教授はスタートアップ企業を設立した。
この早産検査は、クエーク教授が初めて取り組む出生前医療ではない。妻のアシーナがゾーイを妊娠しているとき、ダウン症などの障害がないかを調べるために、羊水穿刺検査を受けた。羊水穿刺検査は、お腹に針を刺して羊水を採取する侵襲性の検査である。経験豊富な医師が実施すれば流産の可能性は低いが、ゼロではない。出産を待つ両親にとっては心的負担が大きい。クエーク教授は当時「神様、ひどすぎます。胎児の状態を知ることが、胎児を失う危険を伴うなんて…」と感じたという。
クエーク教授はもっと良い方法があると信じ、羊水穿刺検査と同じ項目を調べられ、かつ、妊婦や胎児への危険性が少ない非侵襲性の血液検査を開発し始めた。クエーク教授は、妊婦の血液中に遊離している胎児のDNA断片を使って、胎児の遺伝的な体質を調べた。それから10年以上経ち、多数のバイオテクノロジー企業が、ダウン症などの胎児の状態を調べる血液検査を売り出すようになった。妊婦は世界中のクリニックで、これらの検査を受けられるようになったのだ。
こうした血液検査は、リキッドバイオプシーと呼ばれる。早産の発見以外にも、さまざまな診断のためのリキッドバイオプシーの開発が進んでいる。たとえば、がんの早期発見や、心臓移植を受けた患者の心機能不全を調べることができる。2014年にクエーク教授は、アルツハイマー病患者の血液中には死にかけの神経細胞が含まれていることを発見した。この発見は、神経変性疾患や自己免疫疾患を判定する検査の開発に応用されている。
早産の予測は、大きなブレイクスルーになるだろう。世界の赤ちゃんの10人に1人は早産で生まれるが、これは社会・経済・地理条件に関わらず発生する公衆衛生上の問題だ。アフリカにあるマラウイ共和国のような貧しい国では、早産の割合が18%と、世界でもっとも高い。しかし、南カリフォルニアで裕福な暮らしをしているクエーク教授の娘のように、米国の赤ちゃんだって早産で生まれるのだ。
早産に伴う合併症は、世界の5歳未満の子どもの死因ナンバーワンだ。早産児は、伝染病や学習障害、視覚や聴覚の障害とも戦わなければならない。貧しい国では、未熟な状態で生まれた赤ちゃんは生き残れないことがしばしばだ。裕福な国では、生き残れたとしても、行動上の問題や脳性麻痺などによって長期的に悩まされることがある。また、早産児はお金がかかるという経済的な問題もある。合併症の無い子どもと比べると、生後1年間にかかる費用は平均10倍だ。
シアトルのスターバックス本社でクリエイティブ・プロデューサーを務めるジェン・シンコニス夫人の事例を見てみよう。2006年、シンコニス夫人の双子の息子は、妊娠24週で何の前触れもなく生まれた。双子の妊娠はリスクが大きいが、シンコニス夫人の妊娠は順調だと思われた。しかし、出産予定日よりも何週間も前に起こるブラクストン・ヒックス収縮と思わしき陣痛が始まってから6時間以内に、双子の男の子が誕生した。
シンコニス夫人の息子の一人、エイダンは、出生時の体重が850グラムしかなく、3カ月間病院で過ごすことを強いられた。もう一人の息子、イーサンは、620グラムとさらに小さかった。イーサンは生後1年間、酸素注入を続け、かろうじて気管切開を免れることができた。シンコニス夫人は病院に到着するとすぐに、胎児たちの肺の発達を助けるための肺サーファクタント(肺表面活性物質)を投与された。しかし、検査によって早産の危険性があることが分かっていれば、もっと早い時期に薬を投与し、効果を上げることができただろう。シンコニス夫人は、「もし息子たちが早産で生まれると分かっていれば、私たち …
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