未解決事件を解決に導く
「遺伝子系図」探偵、
その成功と葛藤
カリフォルニア州警察が過去の連続暴行・殺人事件の容疑者を逮捕して以来、DNAデータベースが未解決事件の容疑者の特定に利用できるとの期待が高まっている。独自手法によるDNAプロファイリングで警察の容疑者特定に協力している遺伝子系図研究者、シシ・ムーアの仕事に迫る。 by Brian Alexander2018.07.11
長く太いカールのかかったブロンドの髪が肩よりずっと下まで伸びた小柄な女性、シシ・ムーアは組み立て式のソファに座って泣いていた。ムーアは、随分昔の殺人事件の現場に残されたDNAと容疑者を結びつける仕事を依頼されていたのだ。遺伝学と国勢調査データとフェイスブックの友人リストを掛け合わせるのは、ムーアにとって一種のなぞなぞだ。彼女自身が思うに、ムーアは世界で最も経験豊富な遺伝子系図研究者だ。容疑者を探し出せたとしても不思議ではない。
だが、ムーアの導き出した答えは驚くべきものだった。
「ありえない! この人がやったはずがない、と思いました」。
ムーアは震えていた。殺人を犯したその男は、長い時間をかけて再び普通の暮らしにたどり着いていた。自分が逮捕されるとは想像すらしておらず、ムーアが今こうしてノートパソコンで自分のことを調査していることも知らないだろう。
ムーアの遺伝子捜査技術は、PBS(公共放送サービス)のテレビ番組『あなたのルーツを見つけます(Finding Your Roots)』『20/20』、それに『ドクター・オズ・ショー(Dr. Oz Show)』などで見ることができる。インターネット直販型のDNA検査を使い、養子の両親やごみ箱に捨てられた赤ちゃんの両親、紛争の狭間に生まれた「戦争孤児」などの両親を探し出す。ムーアは出生が分からないケースをこれまで何百件も解決してきたのだ。
2018年になって、遺伝子系図学の驚くべき応用方法を人々は目の当たりにした。カリフォルニア州の警察は4月、1970年代に多数の女性に暴行し、殺害した悪名高いゴールデン・ステート・キラー(Gonden State Killer)を、DNAプロフィールのデータベースを使って発見したことを明かした。このデータベースは系図学愛好家たちがセルフサービスで登録するサイトで、誰でも自由にアクセスできるようになっていた。
ムーアはこの事件の解明には関係していない。しかし、彼女にとっては待ちかねていた突破口だった。2週間後、科学捜査を専門にする企業パラボン・ナノラブズ(Parabon Nanolabs)は「遺伝子系図学」部門を創設し、ムーアを責任者にすると発表した。古い血痕や「レイプ・キット」(暴行物証保存キット)から採取したDNAをパラボンに渡せば、それが誰のものかを教えてくれるのだ。
2018年5月にムーアは、20年前に2人が殺された殺人事件の容疑者を突き止めた。発見までにかかったのはわずか2日。ムーアはさらにいくつかの殺人事件を解決できると考えており、次の容疑者逮捕がいつ発表されてもおかしくはない。
ムーアは科学関連の学位を得ていない。系図学コミュニティの他の著名人たちと同様、独学で系図学を学んだムーアは、ある手順を完成させ、カンファレンスや講義、フェイスブックで9万人以上のメンバーがいるクローズド・グループ「DNA探偵団(The DNA Detectives)」で共有している。DNA探偵団のメンバーの多くは養子にもらわれた人や、精子または卵子の提供を受けて生まれた人たちであり、生物学的な親を探している。
系図学者は家系図を作る。あなたは西部開拓時代の無法者ジェシー・ジェイムズや英国の政治家ウィンストン・チャーチルの血縁ではないだろうか? ムーアたちが 一般の遺伝子系図学者と違うのは、インターネット直販型のDNA検査を使って素早く作業をする点だ。かつて小さな産業に過ぎなかったアンセストリー・ドットコム(Ancestry.com)や23アンドミー(23andMe)などの企業を擁するDNA検査産業は、いまや1200万人以上の人々のプロフィールを有している。
DNAプロフィール・データベースの登録者数が増えるにつれ、人々が匿名であり続けることは難しくなっている。自分のDNAが完全に自分だけのものではないからだ。ある家系の構成員は、遠い親戚同士の場合でも、遺伝子の中に共通の部分がある。共通部分が見つかれば、すぐに空白部分を埋めて家系図を作り出せるのだ。
「もしあなたが犯人なら、私はまたいとこ(はとこ)からでもあなたを探し出せます」とムーアはいう。
DNA犯罪分析官
カリフォルニア州サンディエゴ郊外の丘の上にムーアは住んでいる。峡谷、自然遊歩道があり、計画的に開発された広大な地域には、飾り漆喰と化粧タイルのスペイン風高級住宅が峡谷に沿ってくねくねと建ち並ぶ。昼間でもカーテンは閉めきったままだ。毎日何時間もパジャマのまま、リビングにあるベージュ色の大きなソファに座り(そこが「彼女の場所」だ)、人間が犯した最悪の事件の背後に潜む人々を暴きだしている。
仕事道具は、ノートパソコンとWi-Fi、ノート、そしてダイニングに最近置いたばかりの大きなホワイトボードだ。ホワイトボード上部から事件番号がずらっと書き出され、その下には家系図の一部と生年月日を添えた名前が書かれていた。
バージニア州レストンに本社を置くパラボンは、以前から「スナップショット(Snapshot)」という3600ドルのサービスを警察に提供してきた。犯行現場に残された血痕や被害者の爪、たばこの吸い殻といったものから採取し …
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