病気もIQも予測、
多遺伝子スコアは
何をもたらすのか?
遺伝子診断は、糖尿病やアルツハイマー病といった一般的な病気の発症予測だけでなく、知能指数の予測まで可能になりつつある。 by Antonio Regalado2018.03.13
若い心臓医のアミット・ヘラは、「心臓発作が起こった3万人はここ」「健康な対照群10万人はここ」と、空中で手を動かして目に見えない棒グラフを操作しながら、病気の予想方法について説明する。
今日ほど多くの人間の遺伝子データが手に入るようになった時代はない。情報量が豊富になったことで、研究者は糖尿病や関節炎、動脈血栓症、うつ病など、一般的な病気にかかる確率を誰についても推測できるようになった。
現在、医師たちは個々の遺伝子に、稀少な致命的突然変異がないかをテストしている。たとえばBRCA遺伝子(breast cancer susceptibility gene=乳がん感受性遺伝子)のことを考えてみてほしい。鎌状赤血球貧血を引き起こす、DNAの「1文字」の変異のことでもいい。だがこれらの例のように、一対一の対応で特定の遺伝子が特定の病気を引き起こすということは一般的な病気にはほとんどあてはまらない。逆に複数の因子が複雑に絡まり合って存在しているため、最近まで原因の特定が難しかったのだ。
私がヘラ医師を訪問したとき、彼はいわゆる「多遺伝子スコア」を構築中だった。「多遺伝子」なのは、彼の計算には単独の遺伝子ではなく数千もの遺伝子が関わっているからだ。この多遺伝子スコアで、ある人が心房細動(不整脈の一種)にかかる確率を予測した。心房細動はよくある病気だが、心臓発作を起こし救急車で緊急医療室に運び込まれて初めて見つかることが多い。
ヘラ医師は画面を指差した。そこには匿名のDNAドナーを示す7桁の数字とその多遺伝子スコアが表示された。このスコアに異常値があると、発症の危険性が4倍に高まるのだ。
マサチューセッツ州ケンブリッジのブロード研究所の心臓医・遺伝子研究者であるセカー・カシレサンの研究室で働くヘラ医師は、多遺伝子スコアという新しい指標はいまや、これまで医師の最大の関心事だった稀な遺伝的欠陥と同じくらい、病気の危険性を特定できるという。
「多遺伝子スコアによって人は、まだ若い段階でレポートカードを受け取ることになるでしょう。レポートカードには10種類の病気についてのスコアが記入されます。たとえば心臓病は90パーセンタイル、乳がんは50パーセンタイル、糖尿病については最低値である10パーセンタイル以内などと示されます」。
このような包括的なレポートカードはこれまで公開されたことがないが、その作成のための科学技術はすでに存在する。DNAデータを収集し、約50万人のイギリス人の診療記録を収録しているUKバイオバンク(UK Biobank)のような巨大なデータベースを詳細に調べることで、遺伝学者は多くの人々の生活を分析し、ゲノムと病気、人格、さらには習慣との相互関連を抽出している。最新の遺伝子調査は不眠症の原因を調べるためのもので、これまでで最多の131万10人の人々の記録が調査対象となった。
遺伝子変異の複雑なパターンが多くの病気や形質とどのようにつながっているのかをヘラ医師のような研究者が研究できるのは、ひとえにデータ量ゆえである。このような対応パターンは、これまでの制限の多い研究では見つけることができなかったが、今や発見すべきシグナルの小ささと元データの大きさが釣り合って発見可能になった。試しにヘラ医師にあなたのゲノムについて最も簡単なスコア(100ドルのDNA検査で出してくれるような、劇場のチケットサイズのもの)を渡してみるといい。彼はまるで台帳に勘定を付け加えるように、そのスコアにあなたの遺伝的な脆弱性と強靭性を書き加えてくれるだろう。
このような予測は最初は当てずっぽうだったが、正確になってきている。MITテクノロジーレビューが2017年に紹介した診断では、遺伝子から成長時の身長を4センチメートル以内の誤差で予測できるが、これはゲノム内の2万の異なったDNA文字を元に計算している。予測技術の向上と共に、大量の遺伝子診断が市場に現れるものと予想される。カリフォルニア州の医師らは、あるiPhoneアプリをテスト中だ。このアプリでは、自分の遺伝子データをアップロードすると冠動脈疾患のリスクを予測してくれる。ミリアド・ジェネティクス(Myriad Genetics)が2017年9月に発表した市場向けテストでは、損傷したBRCA遺伝子を受け継いだ少数の女性だけでなく、ヨーロッパ系の女性ならだれでも、乳がんの可能性を予測できる。遺伝子診断のオンラインストアを運営しているヘリックス(Helix)のシャロン・ブリッグズ上級研究者は、ヘリックスが販売するほとんどの遺伝子診断は3年以内に遺伝子リスクスコアを使用するようになるだろうという。
「リスクスコア自体が新しいわけではありません。でも、以前よりずっと良くなっています。情報の量が増えたのです」(ブリッグズ上級研究者)。
多数の小さな影響
ヒトゲノム計画が完了し、最初の現代的な遺伝子探索が10年前に始まったとき、医学研究者たちは依然として少数の遺伝子だけで、糖尿病などの一般的な病気を説明できるものと期待していた。2006年に「私は糖尿病には12個ほどの遺伝子が関わっていると思っていますが、今後2年ですべての関連遺伝子が発見されるでしょう」と自信をもって宣言したのは、ヒトゲノムの配列解析の一流学者であるフランシス・コリンズ(現米国立衛生研究所所長)である。
もし事実がコリンズの期待どおりであったなら、関連する遺伝子が少数しかないのだから、医薬品設計者たちは明確かつ具体的な目標が得られていただろう。そうなっていれば、米国の税金を何億ドルも使って財政支援がされている国立衛生研究所の全事業を簡単に正当化することができただろう。加齢黄斑変性など少数の病気については、遺伝子異常の探索は利益を生んだ。だがほとんどの場合、遺伝学者は成果を上げられなかった。2009年までにはコリンズや他の学者たちは意気消沈して、「病気が遺伝している証拠が見つからない」と言い始めて …
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