国家レベルでAIに賭ける
中国から何を学ぶべきか
中国は官民挙げてAIの開発、実用化に取り組み、世界のリーダーになろうとしている。AIによる雇用の削減などといったマイナス面に眼を向ける欧米諸国は、AIによる新しい経済や富の創造に注目すべきだ。 by Will Knight2017.11.01
中国の南端のある熱帯の島では、冷撲大師(Lengpudashi、ロンクダーシ)というコンピューター・プログラムが、数十人以上の人と同時に1対1のポーカーをプレーして、対戦相手を完全に打ち負かしていた。冷撲大師とは中国語で「冷たいポーカー名人」という意味だが、このプログラムは新しい人工知能(AI)技術を使った2人用のテキサス・ホールデム(Texas hold ’em:米国カジノで主流のポーカーで通常は2人から10人でプレーする)で、人間以上に札の予想をしたり、はったりを利かせたりする。
トーナメントの会場は海南省の省都、海口市の近代的なテクノロジー・パークだ。会場の外では、そびえ立つ高層建築が老朽化の進む近隣の建物を見下ろしている。コンピューター・プログラムと戦うために集った対戦相手には、ポーカーの世界選手権保持者、著名な中国人投資家・起業家・CEOなどと、一風変わったテレビ界の名士まで含まれている。試合の様子はオンラインで配信され、数百万の人が観戦している。このイベントは中国でのAIに対する熱意と興奮の高まりを象徴しているが、問題もある。冷撲大師は海南や、北京、上海で開発されたわけではない。開発場所は米国のピッツバーグなのだ。
多くの中国人にとって、これは何とも許しがたい。中国は現在、AIを十分に理解し使いこなすために前例のない努力を始めている。中国政府は今後AIに何兆円もつぎ込む予定であり、中国企業はAI分野の優秀な人材の育成のために多額の投資をしている。国家を挙げたこの努力が実ったら(実際、その兆候は多く見受けられる)、中国はAI先進国になり、産業の生産性が上がるだけでなく、AI技術の活用による新たなビジネスの創出でも主導権を握れる可能性がある。さらに、もし多くの人が信じるように、AIが将来的な経済成長の鍵ならば、中国政府の果敢な決断は最強の経済大国としての地位を揺るぎないものにするだろう。
そう、中国の政界、経済界のリーダーたちはAIが中国経済を活発化することに賭けているのだ。ここ数十年間、製造分野の著しい成長と、外国貿易と外国投資を促進した市場改革とが相まって、中国では何億人もの人が貧困を抜け出し、中国社会を変革し、経済大国を築き上げてきた。しかし、経済成長は鈍化しており、中国は将来に向け、先進技術がけん引する社会を作ろうとしている(「China Is Building a Robot Army of Model Workers」参照)。AIの応用こそが、技術を次々と投入して成長を続けてきた奇跡的な経済大国・中国の次のステップかもしれない。欧米の多くの国がAIの採用による雇用減、富の偏在、所得の不平等化などを心配している一方で、中国はその逆の成果がもたらされると信じているようだ。
中国のAI開発の押し上げには、政府からの桁外れな後押しがある。中国政府は最近、中国のAIが他国を一掃して支配的な地位を得ると発表した。その計画によると、中国製のAIは3年以内に欧米の開発水準に追いつき、2025年までには中国の研究者が「大きな飛躍」を遂げ、2030年までには中国製AIが世界の羨望の的になるとしている。
中国がこの計画を実現すると信じるに足る理由はいくつもある。2000年代初期、中国政府は高速鉄道網の建設によって技術発展に拍車をかけ、輸送システムを改善したいと言っていた。現在、中国の高速鉄道網は世界でもっとも発達している。「中国がこのような計画を発表した場合、国家と経済にとって大きな影響があります」というのは、スタンフォード大学のアンドリュー・ング非常勤教授だ。ング教授は中国最大の検索エンジン、バイドゥ(百度)でAIテクノロジーおよび戦略を統括していた、AI分野の著名な専門家である。「中国政府の後押しは国民全員にとって非常に強いきっかけとなり、計画は達成されるでしょう」。
政府の呼びかけは、すでに始まっている動きを一層加速する。インターネットの巨大企業であるバイドゥ、アリババ、テンセントを頂点とする中国のテック企業は多くのAIの専門家を雇い、新たな研究センターを建設し、さらにアマゾン、グーグル、マイクロソフトなどが運営するどのようなライバル企業にも引けを取らないデータ・センターに投資している。中国の企業家や投資家は、さまざまな産業へのAI応用という巨大な好機を逃さぬように虎視眈々としており、無数のスタートアップ企業に資金を注ぎ込んでいる。
中国はAIにおいて大きな優位点がある。まず、才能あふれる技術者や科学者が豊富にいることが1つだ。次に、AIシステムの学習に必要なデータが豊富なことだ。中国ではデータの収集と使用にほとんど障害がないので、他国にはない巨大なデータベースを構築している。その成果の1つが、機械学習による顔認証システムの向上に見られる。今やオフィスにいる労働者や店にいる顧客を個別認識したり、モバイルアプリのユーザーが本人かどうかを認証したりできたりするのだ。
海南島でのポーカー・トーナメントが国家的な関心であることは、中国が飛躍的なAIの進歩を求めていることを反映したものだ。たとえ2人用のポーカーでも、熟達することはAIにとって大きな進歩だ。というのも、他のゲームと違ってポーカーの対戦者は限られた情報だけを元にゲームを進めなければならず、さらに、はったりを利かせて相手を疑心暗鬼に陥れなければならないからだ。最高の戦略を取るには、用心深さと直感的な判断力の両方が必要だが、この2つの特質をコンピューターで再現するのは決してやさしいことではない。新しく素晴らしいゲーム理論アルゴリズムで見事に問題を解決した冷撲大師のアルゴリズムは、金融取引や商談など、多くの分野で非常に役に立つだろう。ただし、開発元の米国における冷撲大師への関心は、海南島での興奮とは比べ物にならないほど低かった。
中国のAI革命が何を意味するかを探るため、にわかなAI熱を引き起こしている多くの主要な研究者、起業家、企業幹部たちと会ってきた。活気のある首都北京から、企業が集まっている中国南部に至るまで、また野心的な新しい研究センターから、何十億ドルも稼ぐスタートアップ起業に至るまでを飛び回って、1つはっきりしたことは、AIは西洋で発明されたものかもしれないが、その将来は西洋社会の反対側で成長しているということだ。
東洋を見習え
中国のAI革命が何を意味するかの旅はAIの源流の1つ、MIT(マサチューセッツ工科大学)から始まった。著名な台湾のAI専門家で投資家であり、さらに海南島のポーカー・トーナメントの主催者でもある、シノベーション・ベンチャーズ(Sinovation Ventures)のリー・カイフーCEOは、北京に建設中の新しいAI研究所に学生を採用するためにMITを訪問していた。
リーCEOは約300人の中国人学生で埋まった教室で中国語でスピーチした。高価そうなスーツとドレスシャツという …
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