KADOKAWA Technology Review
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自動化で沈みゆくインド、
IT業界が斜陽産業になる日
Dadu Shin
カバーストーリー Insider Online限定
India Warily Eyes AI

自動化で沈みゆくインド、
IT業界が斜陽産業になる日

インドの花形産業であるIT業界で、大量解雇の嵐が吹き荒れている。自動化や人工知能(AI)が人間の雇用を奪うのではないかという懸念はどの国にもあるが、コンピュータが取って代わりやすい定型作業で成長してきたインド特有の事情が問題を深刻にしている。 by Samanth Subramanian2017.11.09

昇進の辞令を受け取ってから2日後、K.S.スニール・クマールに人事部から電話がかかってきた。「退職してほしい」という。

事が起こったのは4月、クマールがインドのITサービス業界の巨大企業、テック・マヒンドラ(Tech Mahindra)で入社9年目を迎えたばかりのときだった。クマールはエンジニアリング・サービス部門で北米や欧州の航空会社用の部品やツールを設計していた。これまでは、顧客から製品の仕様(ヒンジの製作に使用可能な材料、耐荷重、製造コストなど)が送られて来ると、クマールはソフトウェアを使ってモックアップをいくつか設計して送り返していた。クマールは、欧米企業から仕事を外注されるインドの「エンジニア軍の歩兵」だった。顧客企業が外注するのは、自分で作業するよりずっと安あがりだからだ。クマールは時おり、自分の「基地」であるテック・マヒンドラのバンガロール・キャンパスを離れて、モントリオール、ベルファスト、ストックホルムといった海外の顧客のオフィスで働くこともあった。

解雇されたとき、クマールの年収は1万7000ドル近くあった。インドでは中流階級に属する、よい給料だという。ほぼ同じころテック・マヒンドラは、前会計年度の利益が4億1900万ドル、売上が43億5千万ドルだったと発表した(テック・マヒンドラにクマールの件についてコメントを求めたが回答はなかった)。インドのITサービスおよび関連産業の年間売上は1540億ドルを記録し、400万人近い雇用を生み出している。成長の原動力は、コストをどんどん削ることと、スニール・クマールのような労働者のスキルを安く買って「中抜き」することだ。

バンガロールは、クマールのようなIT専門家やITエンジニアで溢れかえっている。巻き毛で髪の頭頂がやや薄くなっているクマールは、色褪せたチェック柄のトミー・ヒルフィガーのシャツを着てバッグパックを持ち、不安を抑えた面持ちで話を聞かせてくれた。クマールはバンガロールから数百キロ離れた村で育ち、父親は絹のサリーを手織りしていた。1995年、15歳のとき、クマールは機械工学の学位を取るためにバンガロールに出て勉強した。学校は大学の一つ下の学校だったので、後に大学の学位を通信教育で取った。

2008年夏にテック・マヒンドラに入社するまで、クマールは航空宇宙会社で製図工として働いた。IT産業が多くのインド人の人生を切り開いたように、新しい仕事がクマールの人生を切り開いた。ブルーカラーの経歴であっても、ホワイトカラーの職を得るチャンスがあったのだ。クマールは結婚し、息子が生まれた。4万7000ドルのローンで家を買い、バンガロールに出てきた両親と二人の兄弟と一緒に住むようになった。「中流の生活です」とクマールは言う。「IT系の仕事だとおおっぴらにしたくはありませんし、ブランド物のシャツや靴も欲しいと思いません」。

クマールが職を失ったのは、インドのIT産業全体が解雇の波に洗われているときだ。コールセンター、エンジニアリングサービス、ビジネス業務アウトソーシング会社、インフラ管理、ソフトウェア会社などが対象となった大規模な解雇の波に、クマールは飲み込まれてしまったのである。インドにおけるここ最近の解雇の動きは、20年ほど前にIT産業のブームが始まって以来の激動の時代の一面を表している。企業は必ずしも認めていないが、巨大な変化のきっかけは「自動化」だと見られている。ボットや機械学習、それにアルゴリズムを自動的に実行することで、昔ながらの技能を不要にし、仕事の概念を塗り替え、人間の労働力を減らしている。

経済紙ミント(Mint)によると、インドのIT企業トップ7社は2017年に、少なくとも5万6000人の従業員を解雇する予定だという。年商100億ドルの巨大企業であるインフォシス(Infosys)はこの夏に開催された株主総会の後、20万人の社員のうち1万1000人が自動化によって反復作業から「解放されて」社内の他の部署に再配属され、それまでの仕事はアルゴリズムが担っていると発表した。IT産業を調査しているHfS研究所の2016年の予想によれば、インドでは2021年までに自動化によって48万人の雇用が失われるという。インフォシスのビシャル・シッカCEO(最高経営責任者)は今年3月、「座していたら、私たちの仕事は間違いなく人工知能(AI)に乗っ取られてしまう。これからの10年、いやもしかするとそれ以内に、現在の仕事の6割から7割はAIに取って代わられるだろう。そうならないためには自己改革を続けるしかない」と語った(シッカCEOは8月に辞職した)。

AIが人間の雇用を奪うのではないかという恐れはインドに特有のものではないが、自動化が雇用に与える影響はインドでは特に強い。ハイテク経済の多くの部分に、コンピューターに最も取って代わられやすい定型的作業が含まれているからだ。インドのITサービス企業自身が作業を自動化する場合もあれば、欧米企業が自社で自動化してインドに外注しなくなる場合もある。

クマールは解雇の理由の詳細をまったく知らされなかった。テック・マヒンドラでの自分の仕事は自動化できないものであり、会社の利益を増やすに解雇されたのだと主張している。労働問題をテーマに研究しているミネソタ大学の社会学者、デビカ・ナラヤンは、企業は多くの責任を自動化になすりつけているのではないかと考えている。経営の失敗を隠したり、業務への管理が及ばなかったせいで起こった結果への関心をそらすため、自動化に責任転嫁しているのだとナラヤンはいう。加えて、IT産業の巨大企業には余剰人員が多すぎること、米国企業は国内の政治状況を鑑みて海外への外注に慎重になっていることも背景にある。「自動化に対する評価がどの程度誇張されているかはまだ分かりません」。インドのIT企業は「自動化を言い訳にして構造改革、特に人員削減をしたいと考えている」のではないかとナラヤンは疑っている。

真実がどこにあるのかは、インドにとって重要な問題だ。IT産業はインドの13億人の人口のうち数百万人しか雇用していないが、大望を抱く若い男女にとっては「山頂のかがり火」である。親からすれば、ピカピカのオフィスで働き、独立した都会の生活様式と安定した収入、インド外の世界へのアクセスを保証してくれることが、子どもを大学へ送り出す動機になっている。これまでの30年以上を振り返っても、産業の種が撒かれ、花開き、ここまでの成功に至った …

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