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リバースエンジニアリングで
脳の秘密を解明、
AIの限界を突破できるか
カバーストーリー Insider Online限定
Inside the Moonshot Effort to Finally Figure Out the Brain

リバースエンジニアリングで
脳の秘密を解明、
AIの限界を突破できるか

現在のAIは確かに大きな成果を挙げているが、人間の知能とはまだ大きな隔たりがある。AIの限界を突破するために、脳内のニューロンや神経線維で起こっていることをマッピングする1億ドルの巨大プロジェクトが米国で進行している。 by M. Mitchell Waldrop2017.10.26

「現在の人工知能(AI)は問題を抱えています」と、ハーバード大学の神経科学者であるデビッド・コックス教授はいう。確かに、ほぼ完璧な顔認識から、無人乗用車や囲碁世界チャンピオンまで、AIのこれまでの成果には目を見張るものがある。また、AIアプリケーションの中には、経験から学習するアーキテクチャーを採用していて、プログラミングをする必要がないものもある。

だが、AIはまだ、何かぎこちなくて、力まかせの感じがするとコックス教授はいう。「AIで犬検出器を作るには、数千枚の犬の画像と、数千枚の犬でない画像を見せなければなりません。私の娘は一匹見たら十分でした」。彼女はそれ以降ずっと、子犬を見るとうれしそうに指差しているという。現在のAIが大量のデータから抜き出してくる知識は、妙に脆いところがある。画像に巧妙な妨害物、例えば人間が気づかないようなノイズを加えると、AIは犬とゴミ箱を間違えるかもしれない。もしスマホのセキュリティ機能として顔認識を使うのであれば、これはよろしくない(「人工知能バブル、3度目の冬はやってくるのか」を参照)。

こういった限界を克服するために、コックス教授や他の神経科学者、機械学習の専門家たちは昨年から、「大脳皮質ネットワークからのマシン・インテリジェンス(Machine Intelligence from Cortical Networks:MICrONS)構想」のために協働している。脳をリバースエンジニアリングする1億ドルのプロジェクトだ。神経科学のアポロ計画に相当する、とMICrONSの構想および設立に携わったジェイコブ・ボーゲルシュタインはいう。当時、ボーゲルシュタインは米国情報当局の研究機関である情報高等研究開発局(Intelligence Advanced Research Projects Agency:IARPA)のプログラム・オフィサーだった(現在はボルチモアにあるカムデンパートナーズ(Camden Partners)というベンチャーキャピタルのパートナーだ)。MICrONSの研究者は、ラットの大脳皮質の小さな領域を対象に、すべての詳細な機能と構造を図式化しようと取り組んでいる。

一辺が1ミリメートル(粗い砂の粒子ほどの大きさ)の立方体という、大脳皮質の非常に小さな断片をマッピングするのにアポロ計画が必要だというのだから、脳がいかに複雑なのかがわかる。しかし、こんな小さな立方体でも、今まで人類が詳細を突き詰めようとした脳の大きさの数千倍の大きさだ。この中には、約10万のニューロンとおよそ10億のシナプスがあり、接合部では1つのニューロンから次のニューロンへと神経インパルス(電気的な信号)が飛び交っている。

この計画には他の神経科学者たちも敬服している。「MICrONSの研究は非常に大胆だと思います」と、キャリアのすべてをもっとずっと小さな神経回路の研究に費やしてきたブランダイス大学のイブ・マーダー教授は語る。「神経科学における最もエキサイティングな研究の1つです」と話すのは、ペンシルベニア大学で脳の計算論的モデルを研究しているコンラッド・コーディング教授だ。

MICrONSの最終的な目標は、データの中から神経系の秘密を見つけ出すことだ。それは、ボーゲルシュタインのいう「次世代AIのためのコンピューターの構成単位」を決める指針となる。ボーゲルシュタインによれば、結局のところ現在のニューラル・ネットワークは、数十年も経ったアーキテクチャーや、脳の働きをかなり単純化した概念に基づいて作られている。基本的にこういったシステムは脳のニューロンを模倣して、互いに密接に結びついた数千もの「ノード」に情報を分散しているのである。システムは接合の強度を調整することで、自らのパフォーマンスを向上させる。

多くのニューラルネットワーク・コンピューターでは、常にあるノード層から次のノード層へと一方向に信号が流れる。だが本物の脳は、1つの部位から次へと信号を運ぶそれぞれの神経線維に対し、同じ量、あるいはそれ以上の数の反対方向へ信号が流れる神経線維があり、フィードバックでいっぱいになっている。一体、何のために? 1つのサンプルだけで学習できるワンショット学習や、脳の絶大な能力は、フィードバックが流れる線維に秘密があるのだろうか。それとも何か別のことが起こっているのだろうか。

MICrONSによって、少なくともいくつかの答えは得られるだろうと、同プロジェクトで重要な役割を担っているプリンストン大学の神経科学者セバスチャン・スン教授はいう。「こういったプロジェクトなしには、答えは得られないと考えています」。

ミクロの世界にズームイン

MICrONSには、3つのチームがある。1つはコックス教授が率いるチーム、次にライス大学とベイラー医科大学のチーム、3つ目はカーネギーメロン大学のチームだ。どれも非常に包括的な研究をしている。それぞれが目指すのは、1立方ミリメートルのラットの脳のすべての細胞の再構成、各々の細胞間がどのように接続されているかを表す「コネクトーム」という配線図の作成、発火したニューロンが他のニューロンを刺激する状況を正確に示すデータの解析である。

第1段階として、ラットの脳を調べて、1立方ミリメートルの中 …

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