KADOKAWA Technology Review
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RNAを標的とするより安全なCRISPR療法で難病を治療へ
UC San Diego Health.
Arming Bodies with CRISPR to Fight Huntington’s Disease and ALS

RNAを標的とするより安全なCRISPR療法で難病を治療へ

CRISPRでRNAを編集してハンチントン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)を治療しようとする研究が始まっている。この治療は、効果が恒久的に持続しないという欠点があるが、通常知られているDNAを標的にするCRISPR療法より安全性が高くなっている。 by Emily Mullin2017.10.13

遺伝子編集ツールのクリスパー(CRISPR)は、バクテリア細胞が内蔵している、ウイルスのDNAの侵入を認識して破壊する自然の防衛システムを基にしたものである。

もし、人間の細胞に同じ攻撃機構を追加できるとしたらどうなるだろうか。バイオテックのスタートアップ企業ロカナ(Locana)は、CRISPRの仕組みを人間の細胞に入れることによって、ハンチントン病や、ルー・ゲーリッグ病としても知られる筋萎縮性側索硬化症(ALS)を治療しようとしている。

その仕組みを実現するため、ロカナの共同創業者であり、カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部のジーン・イェオ教授(細胞医学および分子医学)は、CRISPRを従来とは異なるターゲット、DNA内の遺伝情報の転送と復号化に関わっているメッセンジャー分子のRNAを追いまわすように作り変えている。ALSやハンチントン病のような病気では、RNAが病気の原因となる異常なタンパク質を作り出している。イェオ教授は、これらの病気には効果的な治療法が存在せず、致死性であるために特に関心を寄せているという。CRISPRを使って有害なRNAを破壊し、病気の壊滅的な症状から患者を回復させたいと考えているのだ。

CRISPRは通常、Cas9(キャスナイン)と呼ばれる切断タンパク質を使って、狙ったDNAを認識して切り刻み、突然変異した遺伝子を切除する。イェオ教授たちはCas9を改変して、DNAではなく、問題のあるRNAに結合して切断するようにした。

8月に公開された研究論文の中で、イェオ教授たちは、患者から採取した細胞内のRNAシーケンスの誤った繰り返しを、CRISPR-Cas9を使って破壊したと述べている。研究室の実験では、イェオ教授の開発したCRISPRツールは、ハンチントン病やALSの一種を発症している患者から採取した細胞に含まれるRNAのノット構造の95%以上を取り除くことができた。

イェオ教授たちは、筋強直性ジストロフィーと呼ばれる遺伝性の筋ジストロフィーの一種でもこの方法を実験してみたところ、同じように患者の筋細胞内にある欠陥を持つRNAの95%を取り除けた。CRISPRを適用した後、病気にかかっていた細胞が健康な細胞と同じようになったのだ。イェオ教授は、有害なRNAの繰り返しによって引き起こされる20種類以上の遺伝性疾患が、この方法で治療できる可能性があると考えている。

しかし、それらのRNAをやっつけられるのは一時的でしかない。RNAは絶えず再生されるため、結局は数日から一週間後に通常のレベルに戻ってしまう。イェオ教授によれば、CRISPRでDNAではなくRNAを標的にするのは、実のところ、効果が持続しないことに利点があるからだという。

「RNAを標的にすれば、恒久的な、取り返しのつかないダメージをゲノムに与えることがありません」とイェオ教授はいう。

そのため、科学者はRNAを一時的に変更し、実験的なCRISPR療法で人間に注入する前に、動物で効果をテストできる。イェオ教授たち、何らかの間違いが生じた場合に、このプロセスを遮断できるように分子を設計しているのだ。

一時的な効果のある治療は、命に関わらない病気や、短期的な治療しか必要としない感染症のような特定のケースにより適している。しかし、ALSやハンチントン病の患者を生涯に渡って治療するためには、たった数日や一週間ではなく、効果をより長く持続させる必要がある。

そこでイェオ教授は、CRISPR機構を適切な細胞に送り届けるための非伝染性ウイルスのカプセルを設計している。これらのウイルスカプセルの定期配達便は、Casタンパク質を人間の細胞の周辺に長期間(理想的には数年)取り付かせ、厄介なRNAを寄せ付けなくするための小型の造兵廠になる可能性がある。

ロチェスター大学医療センターのミッチェル・オコネール助教授(生化学と生物理学)によれば、イェオ教授の方式ではおそらく治療を何年間も繰り返す必要があるだろうという。一度きりの注射もしくは処理で済む、DNAを改変するCRISPR療法と異なるのはその点だ。

RNAを標的にするCRISPRの研究をしているオコネール助教授や他の研究者は、こうした特徴により、治療がDNA編集よりも安全だと考えている。遺伝子を編集するためにCRISPRを使うことには、標的以外の遺伝子に突然変異を引き起こすリスクが伴う。意図しない遺伝子を切断すると、患者にがんのような深刻な副作用を引き起こす可能性がある。

イェオ教授によれば、RNAを標的にして副作用が起こったのを目にしたことはほとんどないという。RNA鎖はDNAに比べて短いし、ゲノムの小さな部分のみを構成しているため、より限定的な標的なのだ。

「DNA編集のような危険性がないため、この手法はより速く進歩する可能性があります」とオコネール助教授はいう。

CRISPRでRNAを標的にすることに関心を寄せている研究者はほかにもいる。マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学ブロード研究所の研究者であるフェン・ザン博士は10月4日にネイチャー誌に掲載された論文で、Cas13として知られる別の切断タンパク質を、人間の細胞内のRNAの認識、切断、追跡に使えることを示した。ザン博士の研究所では以前から、バクテリア細胞のRNAを標的にするのにCRISPR-Cas13を使用していたのだ。

ザン博士たちは、CRISPR-Cas13を使用して、がんに関係のある3つの遺伝子で発現されるRNAの量を減らす研究をしている。

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エミリー マリン [Emily Mullin]米国版
ピッツバーグを拠点にバイオテクノロジー関連を取材するフリーランス・ジャーナリスト。2018年までMITテクノロジーレビューの医学生物学担当編集者を務めた。
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