人間の脳は、全人類に残されている最も偉大な未知の領域の1つだ。あらゆる神秘的な場所へのアプローチと同様に、理解への秘訣はまずよい地図を用意することだ。
神経科学は脳内のニューロン間の接続をマッピングする目標に向かって大きな1歩を踏み出した。遺伝物質の「ビット」を使って、各脳細胞をバーコード化するのだ。「MAP-seq」と呼ばれる手法により、研究者は今後、自閉症や統合失調症などの疾患を、以前より詳細に研究できるかもしれない。
「我々は、無数の応用が可能なまったく新しい技術の基盤を得た」と、手法を考えたコールド・スプリング・ハーバー研究所の神経科学者、アンソニー・ザドル教授はいう。
「コネクトーム」と呼ばれる脳の神経接続をマッピングする現在の方法では、一般的に蛍光タンパク質と顕微鏡で細胞のつながり可視化しているが、コネクトームは手間がかかり、一度に多くのニューロンの接続を調べられない。
「無数の応用が可能なまったく新しい技術の基盤を得た」
MAP-seqは、最初にランダム化されたRNA配列を含むウイルスのライブラリーを作成する。次いで、この混合物を脳に注入すると、およそ1つのウイルスが注入領域内の各ニューロンに入りこみ、各細胞に固有のRNAバーコードを付与する。次に、脳を切り刻んで、整理された区画ごとにDNAシーケンサーでRNAのバーコードを読み取り、接続行列を作成し、個々のニューロンがどのように脳の他の領域に接続しているかを処理し、グラフ化する。
ニューロン誌で8月18日に発表されたばかりの研究では、青斑核と呼ばれる脳領域で、マウスのニューロン1000個の広大な外向き接続を追いかけ、この手法が成り立つことを示している。ただし、この論文は、単に手法の確立を述べているというより、脳全体に広がるニューロンの接続について、従来の相反する調査結果を統合したことだ、とザドル教授はいう。
ザドル教授とともにMAP-seqの開発に関わったユストゥス・ケブシュル研究員も、MAP-seqは従来の手法より改善されているという。
「現在、1週間に1度、1回の実験で10万細胞をマッピングしています。以前なら、こんな実験をするのには、山ほどの作業が必要でした」
自閉症や統合失調症は、脳の接続性の機能不全から生じると考えられている。脳の発達過程で、脳の配線がわずかに変わってしまう遺伝子変異が他にも数百あると見られている。「異常性のあるモデル生物を観察していますが、MAP-seqにより、多くのモデル生物を非常に高速に観察できます」とケブシュル研究員はいう。自閉症のさまざまな候補遺伝子を持つマウスの脳回路を比較することで、自閉症に関する新たな洞察が得られるはずだ。
「MAP-seqは可能性を多く秘めた素晴らしい方法だと思います」というのは、コールド・スプリング・ハーバー研究所の分子生物学者で、MAP-seqの研究には関係していないジェ・ヒョク・リー助教授。他の研究グループも、同様のバーコードを使って細胞間個々の差を研究してきたが、バーコードが脳全体の神経結合に沿って移動できるとは思いつかなかった。「推測はしていましたが、きちんと示されたことはありませんでした。特にこのスケールでは示されたことがありません」とリー助教授はいう。
ザドル教授によれば、現在、脳をバーコード化しているのは、自身の研究室だけだ。しかし、ザドル教授は、他の研究室もMAP-seqで脳回路をグラフ化して欲しいと願っている。「シーケンシングのコストが大幅に安くなり続けているので、迅速かつ安価に実行できると予想できます」とザドル教授はいう。脳の完全なマップを使用して、最初の探検家が出発するのも、それほど先のことではないだろう。