ミニ臓器の研究競争で 14日ルールは見直すべきか?
生命の再定義

Artificial Human Embryos Are Coming, and No One Knows How to Handle Them ミニ臓器の研究競争で
14日ルールは見直すべきか

ミシガン大学のチームはユエ・シャオ博士らのチームは、幹細胞にはヒト胚に似た構造体に自然に変化する能力があることが発見した。だが研究者たちは、倫理的論争や政治的論争により研究が妨害されるのを恐れて、慎重な姿勢を崩そうとしない。 by Antonio Regalado2017.10.20

それは、ユエ・シャオ博士がこれまで見たこともないものだった。

2年前、生体力学と生体医工学の研究者であるシャオ博士は、ヒト胚から取り出したどんな細胞にもなり得る胚性幹細胞(ES細胞)を使って実験をしていた。ES細胞を柔らかいゲル基盤の中で培養し、より組織だった3次元の構造体を形成させる実験をして、原始的な神経組織を見つけようとしていたのだ。

シャオ博士の注意を引いたのは、細胞が予想より大幅に速く変化していたことだ。数日のうちに、細胞はたちまち自らをいびつな円形状に並べていった。

いったい何だったのだろう。シャオ博士はその構造を特定しようとグーグル検索を始めた。そして「The Virtual Human Embryo(バーチャル・ヒト胚)」というWebサイトで、子宮に着床したばかりのヒト胚の顕微鏡写真を見つけた。初期の羊膜嚢があり、その中には将来肉体となる胚盤があった。それはシャオ博士が見たものとそっくりだった。

シャオ博士は、ミシガン大学の生物学者と工学者から成る混成チームの同僚にそのことを話した。「画像を見せると、同僚たちは口々に『うわあ、これからどうするか考えないと』と言ったのです」。シャオ博士たちは幹細胞から本物のヒト胚を作り出したのだろうか。「その時点では、どんどん慎重になり始めていました」。

まもなくシャオ博士たちは、胚のように見えた構造体は完全な胚ではなく、人間にはなれないと断定した。胚盤や心臓、脳を形成するのに必要な細胞が欠落していたのだ。しかし、仮にそうだとしてもミシガン大学の「胚様体」は十分本物のように見えた。そのため研究チームは、それ以上成長しないように、洗浄剤やホルムアルデヒドを浴びせて構造体を破壊している。

オルガノイド(試験管内でつくられた3次元の臓器)研究は大きなブームとなっており、科学者は幹細胞を使って、小さな脳や肺、腸などに次第に似た細胞の塊を作っている(「10 Breakthrough Technologies: Brain Organoids」を 参照)。ミシガン大学の研究もそのひとつだ。シャオ博士をはじめとする一部の研究者は、胚そのものを模倣できることを見つけ始めている。

たとえば今年、英国ケンブリッジ大学の研究者は、2種類の幹細胞を融合させて、受精後6日目のマウスの胚そっくりのレプリカ(複製)を作った。ケンブリッジ大学の研究チームのほかに、ニューヨークのロックフェラー大学のチームなど2〜3のグループも、ヒトの細胞を使って同様のことをしようとしている。人間の発達の詳細を史上初めて明らかにする可能性のある新技術「合成発生学」の幕開きだと科学者たちはいう。

研究室では、健康な胚を1週間以上にわたって成長させることはないため、人間の発達の詳細を明らかにするのはこれまで困難だった。それ以降に起こる重要な出来事を、科学は窺い知ることができない。ほとんどの女性が妊娠を知る前に起こっている、真っ暗な子宮内での出来事なのだ。

そのうえ、本物のヒト胚に関する研究は、政治家の人工中絶論争に巻き込まれ、かつ研究費助成の規制がある。ヒト胚を提供できるのは体外受精クリニックのみに限られている。科学者は、代わりに胚様体を成長させることで、そうした制限を回避しようとしている。遺伝子編集や光遺伝学、高速度カメラ付顕微鏡などの最新器具を手に入れた科学者たちはすでに、数百回にわたって実験を繰り返せるし、遺伝子技術を使えば千もの研究対象を一度に調べられる。

すでにミシガン大学の研究チームが結果をひとつ出している。幹細胞が胚を模倣した構造へと自ら変化する衝撃的なクローズアップ映像だ。

「(幹細胞が)こんな能力をもっているとは驚きです」と語るのは、シャオ博士が学生のときに所属していたミシガン大学機械工学部のチエンピン・フー准教授だ。フー准教授は、「(胚の形をした構造体の発生とその特徴には)非常に驚きました。まだ信じられません。でも、これらのことは、細胞自身が何をすべきかを知っていることを示しているのです」という。

現在、ミシガン大学の科学者は数百もの胚様体を製造する計画を進めている。これらの胚様体は、出生異常を引き起こす可能性のある医薬品の選別や、妊娠可能性の増加、あるいは研究室で作る器官の最初の物質を作り出すのに役に立つはずだ。だが、遠からず、倫理的な論争や政治的な論争が起こるだろう。「この分野は科学的、生命倫理的の視点から注目されており、未知の領域でもあります。論争は今後何年も続きそうです」と語るのは、モントリオールのマギル大学の生命倫理ユニットの一員で、国際幹細胞学会の倫理委員会で委員長も務めるジョナサン・キメルマン准教授だ。

ペトリ皿の中で成長しているものは一体何なのだろうか。簡単には答えられない。実際、この新しい存在をなんと呼んだら良いのか、誰にもわからないのだ。3月に、ハーバード大学のあるチームが、本物そっくりな小さな脳など「新しい多様な物体が数多く」現れつつあると警鐘を鳴らす論文を発表し、その中でこうしたものの総称として「SHEEFS(synthetic human entities with embryo-like features:胚のような特徴を持つ人工のヒト物体)」を提案した。

マサチューセッツ工科大学(MIT)で研究 …

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