中国スパイが怖いってことで
イギリス、脱原発へ方針転換
イギリスの巨大原発建設事業「ヒンクリー・ポイント」計画は、中国に対するセキュリティ上の懸念をきっかけに中止に追い込まれれば、20世紀型のエネルギー産業の終わりを象徴する出来事になりそうだ。 by Richard Martin2016.08.15
イギリスのクリーンエネルギーの将来を担う重要政策と目された「ヒンクリー・ポイント原子力発電所計画」が頓挫しそうだ。この大規模施設を開発するイギリス、フランス、中国の3カ国間に論争が巻き起こり、その実現は今週これまで以上に遠のいたようだ。
2013年に始まったヒンクリー・ポイント計画の費用は180億ポンド(232億ドル)と見積もられる。電力供給の1メガワット時あたり単価は119ドル40セントで、イギリスの現在の電力卸売価格の2倍以上。イギリス当局者は中国広核集団(CGNPC)が関わることにも懸念を示す。CGNPCは中国国有の巨大原子力企業で、計画費用の3分の1を融資することになっているが、中国系米国人の原子力技術者がCGNPCのためにスパイ活動をしていた容疑で告訴されたのだ。米国に帰化し市民権を持つアレン・ホー被告人は「米国エネルギー省から必要な承認を得ずに、特殊な核物質の米国外での違法な製造・開発に関与・参加すべく謀略を働いた」容疑で4月に告訴された。
ホー被告人が中国広核集団のためにしたとされる産業スパイは、イギリスが運用する電力網に中国が「バックドア」を持つことへの暗い恐怖を引き起こした。セキュリティへの懸念のため、テリーザ・メイ新首相は契約見直しが完了するまでヒンクリー・ポイント計画を凍結することを先月決定したと報じられている。メイ首相の側近は、イギリスの原子力施設の国外所有者は「コンピュータシステムに弱点を埋め込み、英国のエネルギー生産を意のままに停止できるようにする」かもしれないと警告する意見記事を書いた。
中国は原子力発電技術の供給で世界トップになることを望んでおり、ヒンクリー・ポイント計画の休止に荒々しく反応した。ロンドン駐在の中国大使はフィナンシャル・タイムズ紙の意見記事で「中英関係は重要な歴史的節目に」あり、原発建設の中止により脅かされる将来の投資額は1000億ポンドに上るかもしれないと書いた。
フランスのオランド政権も計画への支持を保留した。労働組合トップも、費用がかさむ原子力巨大事業はヒンクリー・ポイント原発の建設を予定している国有電力会社EDFの財務健全性を脅かす恐れがあると批判した。EDFの最高財務責任者はこの計画に抗議して既に辞任した。
陰謀説と外交論争を別にすれば、ヒンクリー・ポイント原発の本当の問題は、経済的にも技術的にも意味がないことだ。この原発は欧州加圧水型炉(EPR)を使うことになっているが、本質的には1970年代の従来型原子力技術を焼き直しに過ぎない。EPRは現在、中国に2基、フランスとフィンランドに1基ずつ、計4基が建設中だ。この全てが巨額の予算超過と工事の遅延に見舞われている。イギリスの電力産業の将来をこのような巨大で時代遅れの発電所に託すのは、新しく小型で安全な設計の原子炉が利用できるようになってきている現在、ますます見当違いに見えてくる。これらの新しい設計の中には中国発もある。
分散型の風力やソーラー発電や、小型原子炉、エネルギー貯蔵設備が安価で広く利用できるようになり、巨大集中発電所の時代は時代遅れになりつつある。「より安価で柔軟性があり、分散化された電力システムに向かっている世界で、涙が出るほどコスト高で常時運転の『ベースロード』発電所に投資することは、21世紀の問題に20世紀の方法で解決しようとすることです」と、NPOのエネルギーと気候インテリジェンス・ユニット(本部ロンドン)のリチャード・ブラック代表は書いた。
世論形成に影響力のあるエコノミスト誌も今週ヒンクリー・ポイントの中止を呼びかけた。
「中国に関するセキュリティ上の不安は誇張され過ぎとしても、ヒンクリー原発計画は極めてコストパフォーマンスが悪いように思われ…イギリスはこの契約から撤退すべきだ」
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- リチャード マーティン [Richard Martin]米国版 エネルギー担当上級編集者
- MIT Technology Reviewのエネルギー担当上級編集者。『Coal Wars: The Future of Energy and The Fate of the Planet(石炭戦争:エネルギーの未来と地球の運命)』(2015年刊、未邦訳)の著者です。