テュレーン大学のジェイムズ・ザディーナ教授(医学部)が新たな論文を発表したり、好意的な評価を受けたりすると、決まって起きることがある。ニューオーリンズにある研究室の電話が鳴り始め、受信トレイにメールが殺到し、自分がいかに痛みを感じているかのメッセージが米国中から寄せられるのだ。
「『ひどい痛みがあります。薬はいつ手に入りますか?』という電話がかかってきます」とザディーナ教授はいう。「それに対して私は、『今はまだです。できる限りの努力はしています』と答えます。それが精一杯です。しかし簡単ではありません」
ルイジアナ南東部退役軍人医療機構でも研究をしているザディーナ教授は、過去20年間、太古からの人間の敵「身体の痛み」を克服すべく、最前線で奮闘している。しかし最近、この研究は新たな緊急課題に直面している。米国では麻薬性鎮痛薬(オピオイド)関連の死や依存が蔓延しており、ザディーナ教授は深刻な副作用(多くは、広く処方されている「オキシコンチン」などが原因)を引き起こさない新種の鎮痛剤を開発しようとしている。
難しい試みだ。痛みを和らげる作用の原因そのものが、深刻な依存や乱用につながる要素であることが多いからだ。化学的に近い物質であるヘロインと同様、オピオイドの処方は身体的な依存を引き起こしやすい。研究者たちはここ数十年の間、「鎮静剤中の依存要素を、痛み軽減要素から分離させようとしている」と語るのはNIH(国立衛生研究所)鎮痛コンソーシアムの設立メンバーで、国立薬物乱用研究所のデビッド・トーマス所長。
「みんなで力を合わせているのです」
しかしザディーナ教授は、分離は成功しつつあると信じている。昨冬には学会誌であるニューロファーマコロジー誌に研究チームとして成果を発表し、耐性強化や運動障害、呼吸抑制などの5つの最もよく見られる副作用(ほとんどのオピオイド関連死の原因)を引き起こすことなく、ラットの痛みを治療したと報告した。次の段階は人間での検証だ。
この試みは、人間の激しい苦痛の軽減から生じる長期的な被害を終わらせることを意図している。国立薬物乱用研究所によれば、慢性的な痛みに対して麻薬性鎮痛剤を処方された患者の8%は依存症になる。そのため、痛みの治療のためにコデインなどのオピオイドを入手するのは比較的難しかった、とトーマス所長は言う。しかし1990年代に変化が訪れた。オキシコンチンのような新しいオピオイド(製薬会社の新たなマーケティングキャンペーンでもある)が誕生し、痛みの治療を専門とする医師や患者団体の切望に応え始めたのだ。慢性痛を抱える者(米国での推定患者数は1億人)の多くが、本来受けるべきではない苦しみを味わっているとの声が上がっていた。
しかし事態は行き過ぎてしまった。もっとよい代替薬物がありうる場合でもオピオイドの処方が当然になったのだ。ミシガン大学の慢性疼痛・疲労研究センターのダン・クロー所長は、次のように患者に話す医師があまりにも多いという。
「さて、オピオイドはどんな種類の痛みにも効くといいます。痛みがひどく、どんなものでもすがりたい気分なら、このクラスの薬を試してみましょう。依存のリスクがあるのは心配ですが」
結果は惨憺たるものだ。2014年、米国でオピオイドの過剰摂取による死者は1万8000人を超え、1日当たりで約50人だ。2001年の3倍以上だ。しかもこの数字には「乾き」を癒やすためにヘロインに頼った依存者は含まれない。疾病対策予防センターは最近、問題の規模を1980年代のHIVの流行になぞらえた。
質の良い鎮痛剤を開発するのは非常に困難だが、大きな理由は、痛みが体内で複雑な経路をたどることだ。脳に届き、痛みとして解釈される信号は、ときとして身体の周縁や表面の問題から生じる。切り傷を負った時などはこのパターンだ。また、痛みの信号が体内から発せられることもある。深刻な怪我や背中の傷など、神経が損傷したパターンだ。そして今、クロー所長をはじめとする研究者が、第三の原因で大きな痛みが生じる証拠を見つけつつある。脳の放出機構のエラーである。
しかし、このように異なる痛みのメカニズムが存在していることは、オピオイドの問題を解決する方法がいくつかあることを示唆している。 …