1990年、イギリスの筋ジストロフィー研究者ケイ・デイヴィスは、とある61歳の男性の珍しい症例を報告した。この病気に関する当時の知識では、その男性は生きていられないはずだったのである。
筋ジストロフィーは、ジストロフィン遺伝子の突然変異によって引き起こされ、その塩基配列にわずか1カ所の誤りがあるだけで、早期死亡につながってしまう。驚くべきことに、デイヴィスが報告したこの男性には、ジストロフィン遺伝子に46%もの欠損があった。しかし彼は、杖の助けを借りながらではあるが、60歳を過ぎてもまだ歩くことができたのである。
それから27年、デイヴィスの発見は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーと呼ばれる深刻な疾患を治癒し、そしておそらくは進行を止められる最善の治療法につながるきっかけとなりそうだ。
米国の3つのチームは、この男性の遺伝子欠損にヒントを得たミニ遺伝子を用いることで、デュシェンヌ型筋ジストロフィーへの遺伝子治療の治験を行う準備があるという。最初の研究は、オハイオ州コロンバスにあるネイションワイド小児病院のもので、早ければ来月にも始まるかもしれない。この研究は、バイオテクノロジー企業サレプタ・セラピューティックス と慈善団体の筋ジストロフィー親の会の支援を受けている。
小児患者を対象としたその他2つの治験のうち1つは、マサチューセッツ州ケンブリッジのソリッド・バイオサイエンス(Solid Biosciences)によるもので、残りの1つは大手医薬品企業のファイザーによるものである。これらの治験はそれぞれ、2018年末と、2018年前半に開始される予定となっている。
各治験では、ウイルス内部に収まるサイズに縮めたジストロフィン遺伝子のコピーである「マイクロジストロフィン」が使われる。遺伝情報をヒトの細胞に運ぶためには、遺伝子をウイルス内部に収める必要がある。しかし遺伝子が大き過ぎると、遺伝子組換えがうまく起こらないのである。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、男児では数千人に1人の確率で発生するが、女児には滅多にみられない。10代までにはほとんどの男児は歩くことができなくなり、大多数は20代で死亡してしまうが、治療法はほとんどない。
ミニ遺伝子を用いた遺伝子組換え療法は完璧ではない。しかし、このミニ遺伝子を注入された男児は、デイヴィスが報告した男性のように、死亡することなく、軽度の障害を持つ程度で済むようになるだろうと期待されている。公式発表は出ていないが、ネイションワイド小児病院やその他の治験施設はすでにキャンセル待ちのリストを作成しているという。
「劇的な効果が期待できるでしょう。私たちは、(これらの)子供たちの寿命を数年から数十年延ばすことができるかもしれないのです」と、オハイオ大学小児科のスコット・ハーパー准教授はいう。ハーパー准教授は、コロンバスの遺伝子療法センターに勤務している。
遺伝子療法、つまり組み換えた遺伝子を人の細胞に送りこむ治療法は、いくつかの疾患に対して抜本的な希望をもたらす。寛解できる疾患、あるいは完全に治癒できる疾患には、血 …