「ブロックチェーンの真価と進化」をテーマに開催された「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2017 TOKYO」(デジタルガレージなどが主催)2日目となる7月26日には、「歴史的視点でブロックチェーンの真価を捉える」をテーマとするパネルディスカッションが開かれた。
カンファレンスのホストであるMITメディアラボの伊藤穣一所長(デジタルガレージ共同創業者)がモデレーターとなり、MITメディアラボの松尾真一郎研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の砂原秀樹教授、京都大学・公共政策大学院の岩下直行教授、ブロックストリームのインフラ技術エンジニアであるラスティ・ラッセル氏が、インターネットが発展した歴史を踏まえて、ブロックチェーンの今後について語り合った。
ブロックチェーンは「まったく新しい」技術ではない
ディスカッションに先立ち、松尾研究員、砂原教授がそれぞれプレゼンテーションした。
松尾研究員は、現在のブロックチェーンが流れを汲む技術の歴史を整理した。ブロックチェーンは革新的な発明だと喧伝されるが、まったく新しい技術かというとそうではない。「暗号理論」「政府とのプライバシー問題」「現金のデジタル化」「ゲーム理論」「非中央集権化」という5つの要素の“いいとこ取り”をして組み合わさったものが、ブロックチェーン技術に結実しているのだという。
例えば、ビットコインのセキュリティで大きな位置を占めるProof of Workの仕組みには「ゲーム理論」が取り入れられている。
「クリプトグラフパズルという研究が1993年にあった。DoS攻撃やスパムメールを防止するために、サーバーからパズルを出題して、それを解かなければパケットやメールを送れない仕組みにすれば、メールを送るコストが高くなるので、攻撃しなくなるのではないかという研究だった」。
ビットコインでは、コイン偽造などの攻撃をブロックチェーンに対してしようとすると、難しい計算問題を解き直すコストを払わなければならない。同じコストをかけてコインをマイニングできるなら、マイニングしたほうが得だとするゲーム理論的なインセンティブメカニズムが、ビットコインには埋め込まれているということだ。
しかし半面、これら5要素の「悪い部分」も同時に引き継いでいると松尾氏は指摘する。
「元になっている5つの要素をきちんと認識しなければ、ブロックチェーンの何を大事にして技術開発をするのか、標準化するのかを見失う。これらを踏まえた議論が必要だ」と松尾氏は話した。
アカデミズムによる意味づけ・評価が必要
続いて砂原教授が、「アカデミックブロックチェーン基盤の展開と今後」と題してプレゼンテーションした。
「電子貨幣とブロックチェーンが一緒に語られるが、そうするとブロックチェーンというものが技術としての発展性を失うんじゃないかと思っている」と砂原氏は危惧する。
ブロックチェーンは単なる技術であり、その上に実装した貨幣がビットコインである。ブロックチェーンには、貨幣以外に、ほかのいろいろな「信用」を生み出すためのアプリケーションを実装することもできる。
「重要なのは、ブロックチェーンが作り上げる信用が、何を拠りどころにするかということ。デジタルデータの出所を保証し、トレーサビリティを確保するシステムとしてのブロックチェーンがある。そのブロックチェーン自身が信頼に足るためには、リソースとして何が必要かを考えている」。
砂原教授は、ブロックチェーンそのものに対する学術的な意味づけや保証、評価をアカデミズムの中で行なう必要性があるとし、この7月に慶応義塾大学環境情報学部の村井純教授、東京大学 生産技術研究所の松浦幹太らと立ち上げた「BASEアライアンス」を紹介した。
BASEアライアンスでは、大学の教員・研究者を中心とする学術系のメンバーと、ブロックチェーン技術に興味を持つ企業を中心とする企業会員が相互に連携しながら、研究開発・実証実験・コミュニティ醸成を推進するということだ。
砂原氏は、「ブロックチェーンは、僕らがインターネットをつくっていった時と非常に似ている」と話し、まだ砂原氏が学生だった1984年、電話回線に電話機以外をつなぐことが“違法”だった時代に、砂原氏らがモデムでインターネットに接続して、NTTから注意されたというエピソードを披露した。
「ブロックチェーンについても、法律や制度を設計・整備しなければならない。重要なのは、社会がこれを受け入れる土壌をつくること」と、砂原氏はアカデミックな実験・実証の場と、それらを推し進めるコミュニティの必要性を説いた。
まだベーシックな技術研究をする時期
パネルディスカッションには、京都大学・公共政策大学院の岩下直行教授、ブロックストリームのインフラ技術エンジニアであるラスティ・ラッセル氏が加わり、MITメディアラボの伊藤穣一所長をモデレーターに活発な議論がなされた。岩下教授は、 日本銀行の金融研究所で長らく情報セキュリティ・暗号の研究に従事し、松尾研究員らととともに「インターネットキャッシュ」をつくった経験を持つ。「サトシ・ナカモトがやろうとしたのと同じようなことを、当時の限られたリソースの中でやっていました」と振り返る。
「いずれ紙のお金はなくなると昔から考えています。紙のお金がなくなった時に中央銀行は何をすべきかを実験するために、インターネットをや電子マネーを研究するということをずっとやってきました」。
岩下氏は、現在のビットコインの現状についての見方を次のように示した。
岩下 今のビットコインの急激な値上がりは、ある程度予測可能だったと思います。ただ、分かっていてもコントロールはできない。一方で思うのは、インターネットの初期の頃、私も少しだけボランティアで参加させていただいていましたが、みんなピュアでしたよね。お金目当てではなく。
それに比べると、今のブロックチェーン、ビットコインを取り巻く状況は、時価総額が8兆円とかになっちゃうわけでしょう。まだまだベーシックな技術研究をしなくちゃいけない時期なのに、それをするにはかえって不幸な環境になっているというのが私の印象です。
規制に対してブロックチェーンはどう対応していくか
伊藤 そこで、岩下さんに質問したい。さっき砂原さんにNTTから電話がかかって来た話がありましたけど、通信とか電波に関する法律を犯しても、実害がなければ大したことはない。こんないいかたはマズいかもしれないけど(笑)。でも、法を破って誰かに金銭的な損害を与えた場合は大変なことになる。
アメリカでよくいわれるのは、ほとんどの規制はだいたい「基本はYESで、その中に限られたNO」だが、SEC(証券取引委員会)やFDA(食品医薬品局)が関わる領域は、「基本NOで、その中に限られたYESが規定されている」というもの。
中央銀行はレギュレーターではないけど、それに近い立場として、その規制の違いをどのように見ているか、その上でブロックチェーンが今後どういう展開になるか、イメージはありますか?
岩下 基本的に、銀行も証券会社も免許業種です。銀行なら、銀行法という法律があって、そこに書いてあること「しか」できない。これは世界中どこでも同じです。だから、ビットコインを銀行が本来の業務として取り扱うことは、今の銀行法には書いてないからできないのです。
ただ、インターネットの進歩を見ていれば、銀行も気づきます。規制の枠内に閉じこもっていたのではディスラプトされてしまうと。その意味で、銀行法の締め付けを緩くする方向で、去年も今年も、銀行法が改正されました。金融商品取引法の取り扱いも、これから議論があると思います。
銀行や証券の制度は、技術を決してオーバーライドできないんですよ。やっぱり技術が制度をオーバーライドするんですね。それは免許業種も例外ではなく、変わって行かざるをえないと思います。
実際の価値あるコインが動いているのに「実験」
伊藤 規制の話をもう少し続けたい。今やっていることが「実験」だとしても、本当の価値があるものを動かしていれば、誰かが守らないといけない。例えば自動運転車を「実験」といって走らせて人を死なせたらと考えると、それは規制すべきこと。
ブロックチェーンの上はすでにお金が動いているし、企業も使い出している。だれかが守らないといけないですよね。
松尾 そうですね。サトシ・ナカモトのペーパーを読むと、Excahange(取引所)の存在は仮定されていないんですね。“ビットコイン国”の中ではビットコインは通貨としてやりとりできるけれども、フィアットカレンシー(法定通貨)と交換できるとはサトシのペーパーには書いていない。
質問からずれるかもしれないですが、今、模擬的にやろうとしているのは、ビットコインのネットワーク上で起きるいろんなこと、例えばサイバー攻撃や値動き、人間がどう動いたかのデータをキャプチャして調べることです。そのデータから、実際のコインを動かさなくても、ゲーム理論とかインセンティブメカニズムの実験はできると思う。
伊藤 でも、ちょっと突っ込むと、オープンソースとかLinuxとかは、みんないじるのが好きだから検証するけれども、本当の犯罪者は、儲からないと攻撃しないよね。
僕がビットコインを認めている一つの理由は、本当にお金を盗めるものになればなるほど、みんな本気で攻撃する。そのアタックに対応しているのがすごく重要だと思う。その意味で、今のビットコインの事象を元に、違う角度の検証をやろうということかな。
松尾 そうですね。元データは同じデータを使うけれども、そのデータは貴重なデータだし、すでに攻撃者のインセンティブもあって実際に攻撃されている。その“パラレルワールド”を使いながら、研究を進められるという意味で、一つ実験場をつくれるんじゃないかなという気がしています。
今のビットコインが残るか、別のものが残るのか
伊藤 MITでも、今のビットコイン・ブロックチェーンが今後残っていくと思う人と、ブロックチェーンにインスパイアされた、何か別の仕組みが仮想通貨の技術として生まれると考える人がいる。僕は、やっぱり最後は円とかドルがここに乗ってくると思うし、どっちかというと後者を信じているんだけれども。
岩下 エンドユーザーの立場に立つと、今のビットコインは、値動きが激しくて実はとても使いにくい。全部ビットコイン建てで生活できるなら別ですけれども、今は、ビットコインでモノを買おうとしたら、日本円に換算した場合の価格を意識せざるをえない。
今、なぜビットコインがこんなに値段が変動するかというと、それは後ろ盾がないからです。今はある意味、空っぽの箱をコインだと言って、これを取引できる、将来お金になるかもしれないという「期待」に基づいて値段がついているわけでしょう。
そう考えると、同じブロックチェーン技術は使ったとしても、何らかの後ろ盾があるものになっていったほうが、フィアットカレンシーとの交換価値が安定するので、生き残っていくような気がします。
マイナーに偏っているビットコインのエコシステム
伊藤 なんとなく今は、現在のビットコイン・ブロックチェーン信者に偏っている気がするんだよね。
松尾 ただそれは、トラストモデルというか、エコシステムにおけるステークホルダーが誰なのかによって変わってくる。今のビットコインは、マイナー(採掘者)がかなり強いモデルになっているんだけれども、ステークホルダーにはデベロッパーもいれば、リサーチサイエンティストもいるわけで。インセンティブ構造を変える時には、今のブロックチェーンをバージョンアップしないといけないかもしれない。
砂原 ビットコインにはレイヤーがあって、そこがいま“ぐちゃっ”としている。インターネットに例えると、ブロックチェーンに相当するのはIPで、その上に乗っかるTCPの部分に相当するものは、これからちょっと変わるかもしれないと思っています。
伊藤 問題は、マイナーは儲かるけど、デベロッパーには利益が行かないんだよね。そこのガバナンスモデルの中がぶっ壊れていると思っている。ラスティに聞きたいんだけど、この持続可能なモデルはどうなるんでしょうか。
ラッセル ブロックチェーンに関してわれわれ開発者だけでは足りない、もっと貢献が必要だということは明らかです。短期的に見ると、マイナーが受け取るだけで、貢献はしたくないという。ただ、長期的な視点を持つ人は増えてくると思います。
松尾 日本の優秀なサイエンティストは、大企業の研究所にいることが多いので、今まではビットコインやブロックチェーンの研究に引っ張り出されてこなかった。ただ僕は論文の査読もしているんだけど、日本からの投稿はだんだん増えてきた。その中には大企業の研究所からのものも増えている。
ラッセル ビットコインのコア開発に少し前まで日本人はいなかったけど、ここ半年で増えてきたみたい。たぶん今は3、4人くらいいるはず。
伊藤 これはすごく重要で。インターネットではWIDEプロジェクト(複数の大学から結成された、インターネットに関する研究・運用プロジェクト)があって、ど真ん中のところに日本人がちゃんと入っていたので、日本はあまり遅れなかった。コアな技術者のスキルアップはとても重要だと思う。
ブロックチェーンはまだ実験が必要な段階にもかかわらず、その上で巨額の価値がすでに動いている。実際に、コイン流出などの事件もある。市場の盛り上がりに対して、法律・規制の話はイノベーションに水を差すようにも聞こえる。
「そういったものも含めて、ぎくしゃくしながら進化していくものだと思う。ネガティブに捉えないで、長期的な視点でやっていきましょう」と伊藤氏はディスカッションを締めくくった。
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- フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。