KADOKAWA Technology Review
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THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2017 TOKYO Event Report #1

ブロックチェーンはどう進化するか?伊藤穣一氏らが予測する未来

MITメディアラボの伊藤穣一所長、ブロックストリーム社のインフラ技術エンジニアであるラスティ・ラッセル氏が、ビットコインのこれからを、インターネットの進化とレイヤー構造、Linuxの開発と普及の歴史になぞらえて占う。 by Yasuhiro Hatabe2017.08.09

ブロックチェーンやビットコインはただのバブルなのか? それとも社会的なインフラへとして進化し、社会へ浸透していくのか? デジタルガレージほか3社が開催した「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2017 TOKYO」の2日目となる7月26日、デジタルガレージ共同創業者でもあるMITメディアラボの伊藤穣一所長は、ブロックチェーンの今後を、インターネットの構造と進化の過程になぞらえて語った。

ビットコインは思っているほど早くは来ない

伊藤所長は、1枚の写真をスクリーンに映し、1990年代前半のインターネット黎明期を振り返る。当時の伊藤所長の部屋の洗面所に、多数のケーブルでつながった機材が少し雑に積まれた写真だ。それが、日本最初期の商用インターネットサービスプロバイダーだという。

「この時代のインターネットがすごく面白かったのは、僕らみたいな学生やベンチャーが通信に入っていって、大きな電話会社と競争できたことだ」と伊藤所長は語る。

95年頃、まだWebが活発に動いていなかった時代に最初のキラーアプリケーションになるのはデジタルキャッシュだ、すぐにデジタルキャッシュが来る——伊藤所長はそう考えていた。しかし、電子決済システムの草分けだったデジキャッシュ社は98年に倒産。デジタルキャッシュは思ったようには伸びなかった。

ここで伊藤所長は、Amara’s Lawという、アメリカで言われる1つの“法則”を紹介した。その法則とは、「私たちは短期的には技術の影響を過大評価し、長期的にはその影響を過小評価しがちである」というものだ。

「どんな技術も、早く来ると思われがちで、長期的な影響がちゃんと見えてないというのがよくあるパターンだということ」。

クリエイティブ・コモンズの共同創設者であるローレンス・レッシグは、規制の方法には「法律(Law)」「社会規範(Norm)」「市場(Market)」「技術設計(Architect)」の4要素があり、これらは相互に作用し、この関係がちゃんとバランスしなければ物事が進まないとしている。

伊藤所長は、「デジタルキャッシュが今まで“来て”いないのには、このあたりが関係しているのではないか」との解釈を示した。

インターネットのレイヤーには非営利な集団が必ずいる

伊藤所長は、「インターネットは“The Stack”と呼ばれるように、プロトコルのレイヤーに分けて整理されている。それがインターネットの成功の基でもある」と話す。

まず、1974年にイーサネットが発明され、その上にTCP/IP、さらにその上にHTTP/HTML(Web)、その上に暗号通信のプロトコルであるSSLが重なる。この各レイヤーで規格が標準化されると、そのレイヤーの中でさまざまな企業が生まれ、競争の末にその中から大きな抜きん出た企業が現れてきた。例えば、イーサネットのレイヤーにはスリーコム(3Com)、TCP/IPのレイヤーにはシスコ(Cisco)が生まれたようにだ。

「最終的には、各レイヤーでその規格を管理する、国でもなく企業でもないノン・プロフィットな集団が出てくる。1つずつにコミュニティが存在して、すごく優秀な人たちが集まって、どうやってちゃんと動くようにするかを必死に考えるわけです」。

ブロックチェーンは「次」のレイヤー

「ブロックチェーンは、インターネットの上に乗る、新しい、これから標準化されるプロトコルだと思う。2008年に発表されて以来、今はまだプロトコルが標準化されていない。だからまだ、スリーコムもシスコも生まれて来ていない。個人的には、このレイヤーは、ものすごくしっかりした、かつシンプルなレイヤーにすべきだと思っています」と伊藤所長は話す。

「まるで2000年頃のインターネットみたいに投資してるけど、プロトコルは1990年くらいのレベル。まだ足場が固まっていないのに、その上にいろいろ建ててしまっている」と現状を危惧する。しかし、実際のところブロックチェーンへのベンチャー投資は、すでに大きなものとなっている。

伊藤所長は続けてザ・ダオ(The DAO)に言及した。ダオは自立分散型組織を目指してイーサリアムの上でトークンを販売した。ファンドの資金の使い方は、ダオのプログラムのルールに従う、法律には従わないと彼らは宣言した。しかし、結果的にはシステムのバグを突かれて50億円相当のイーサリアムを流出させてしまう。

ちょうどこのプレゼンテーションの前日に、アメリカのSEC(証券取引委員会)は、「ダオのトークンは、彼らがいうような法律に縛られないものではなく、証券として取り扱う」旨を発表した。

「これが、レッシグのいう4要素の中で、法律が動き出したというアメリカの例。このような形で、痛い目をみたりしながら、少しずつ時間をかけて進化していくでしょう」と伊藤所長は話す。

最後に伊藤所長は、「インターネットでは、この数十年ノン・プロフィットなコミュニティがなんとか動かそうとして、その上に城を建てた。ブロックチェーン、ビットコインに関しては、最初からお金儲けに走っているように見える。ちゃんと動かすための実験をしている人がまだ足りないのではないでしょうか」と現状への不安を示した。

Linuxの最初の8年、始まりからブームの終焉まで

伊藤所長のプレゼンテーションの後には、Linuxカーネルの開発に長年携わり、現在はブロックチェーンのコア開発をするブロックストリーム社でインフラ技術エンジニアを務めるラスティ・ラッセル氏が基調講演が行われた。ラッセル氏は、Linuxの歴史を紐解き、Linuxのこれまでとブロックチェーンを対比させて今後を占った。

「Linuxが誕生したのは1991年のこと。Linuxは当初、大学にあるような類いのサーバーで、無償でつくられていた。いわゆるホビイストや学生、プログラマーが暇なときにいろいろいじって遊ぶものでした」とラッセル氏は当時を振り返る。

その後、90年代半ば頃、Linuxはその使い勝手のよさが知られるようになり、ビジネスの領域に参入していった。古いハードウェアの上でもそのまま動く点が受け入れられた。しかし、その頃の企業は、オープンソースをどう扱っていいのか分からなかった。有償でサポートを受けられず、ロードマップもない、数年後はなくなっているかもしれない。Linuxを一切禁止した企業もあったという。

しかし90年代後半には、状況は一変する。レガシーにこだわらないスタートアップが次々と世に出てきて、Linuxを使うようになっていった。1999年にはブームを迎え、ほとんどの企業がインフラにLinuxを使っていた。

「LinuxがWindowsに置き換わって、世界中のデスクトップを占有する。そんな未来を描いていた。その頃、私は前の会社を辞めてLinuxのスタートアップに移籍。しかし、そこがブームの終わりだったのです。PoCのプロジェクトはどんどんなくなり、ほとんどの会社はLinuxの話をしなくなってしまった」とラッセル氏は語る。

インフラが信頼を得るには時間がかかる

世界で最初のビットコインがアクティベートされたのは、2009年のこと。しかし本格的に世間の目を引き始めたのは、それからしばらく経った2015年後半頃だった。当初30ドルくらいだった1BTCは、その頃には1100ドルを超えていた。

ラッセル氏は、「今は、すべてのビットコインがVisaを置き換えるだろうという人もいる。すべての国際取引がビットコインになるという人もいる。現在、ブロックチェーンに注意を払っている人の考え方は、1999年のブームの最中にあったLinuxに対する考え方と非常に似ている」という。

「そこで私は、20年のLinuxカーネル開発者としての仕事を辞めて、ブロックチェーン技術のスタートアップに参加することにした。なぜなら、私はこの状況を前にも見ているからです」

ラッセル氏は、Linuxもブロックチェーンもインフラであるとした上で、「インフラの力は、徐々にしか上がっていかない。正しいもの、長く信頼を得られるものにするために、注意深く進めていかなければならないからだ。だから時間がかかる。毎日少しずつ成功をして、信頼のレイヤーを少しずつ重ねていくしかないでしょう」と語る。

「ブロックチェーンを今後、普及させていくには、4つの方法がある」とラッセル氏。「待つ」「効率を上げる」「セキュリティを弱める」と3つを挙げた上で、「4つ目の選択肢は、ブロックチェーンの上のレイヤーにもう一つのプロトコルを構築すること。これによって、ブロックチェーンのスペックを高めていくことができます」という。

ラッセル氏は現在、この上位レイヤーのための「ライトニング」プロトコルを開発しているところ。「この4つめの選択肢について、私自身、非常にワクワクしています」。

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畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。
日本発「世界を変える」U35イノベーター

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