人間は単一光子を認識できるのだろうか。比較的簡単に答えが出そうな質問に聞こえるが、人々が考えている以上に厄介で複雑な問題であることがわかってきた。しかしこの問題は、将来のセンサーにどの程度の性能を期待できるかを予想するうえでも大きな影響力がある。
人間の眼は光に非常に敏感だ。これまでも科学者たちは、眼球の網膜上に存在する光感受性のある桿体(かんたい)視細胞が、単一光子によって刺激を受けることは知っていた。しかし、刺激の影響が視覚系と認知系を介して伝達し、知覚されるかどうかはわかっていなかった。
この考えを試すのに役立つテクノロジーが、最近やっと利用可能になった。ほんの数年前、科学者たちは、光子のペアを自在に生成できる信頼性の高い光子銃を開発したのだ。
光子をペアで生成することが重要なのは、光子がいつ発射されたのかを監視できるからだ。片方の光子は単一光子を知覚できるかどうかの実験に使用し、もう片方の光子は光子が発射されたことを実験者が知るために使う。
実験自体は本質的に単純だ。人間の眼に向けて光子を発射して、被験者がそれを観測したかどうかを判断すればよい。
しかし実際には、この実験は難しい。とりわけ、統計的に意味のある結果を得るために、非常に多くの試行が必要になることがある。被検者の信頼性が低いといったことも要因の一つだ。
2017年7月に、オーストリアのウィーン大学のアリパシャ・ヴァジリ(Alipasha Vaziri)博士のチームが、この実験の独自バージョンを実施し、結果を論文に発表した。ヴァジリ博士のチームは、被験者の眼に向けて単一光子を照射し、光子を「見た」ときに、観測に対する3段階の確信度と併せて、そのことを記録するように依頼した。
実験では3万回の施行を実施し、そのうちの2420回で光子を実際に照射した。その間の被験者の正答率は51.6%であった。
この結果から、ヴァジリ博士のチームは明確な結論を導き出し、「人間は、角膜に単一光子が入射した事象を、偶然をはるかに超えた確率で検出できます」とNature Communications誌の中で述べている。
しかし、その結論が今、疑問視されている。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のポール・クワット(Paul Kwiat)教授のチームは、ヴァジリ博士たちのデータからは確固とした結論は得られないと語る。クワット教授たちによれば、ヴァジリ博士たちの実験には、結論を裏付けるだけの検定力がないため、「この研究のデータに基づいて人間が単一光子を見ることができるとは結論づけられません」という。
クワット教授のチームも、人間の視覚の限界についての実験をしているので、ヴァジリ博士たちの研究を的確に判断できる立場にある。
したがって現段階では、人間が単一の光子を観察できるかどうかはまだ断言できないという結論になる。
しかし、なぜ人間が単一の光子を観察できるかどうかが重要なのだろうか。それは、この種の研究が、生物学の物理的限界を探究しているからだ。単一光子のエネルギーは10-19ジュールの領域であり、想像を絶する小ささだ。一方、人間の脳は温かくて湿った機械であり、常に騒音に冒されている。
温かく湿った環境でさえ、そのような小さな量のエネルギーを検出できるのであれば、生物の感覚がどれほど強力なものなのか明らかになる。
それは科学者や技術者がぜひとも模倣したくなる能力だ。つまり、今回の研究やこれに続く研究は、バイオ技術者に目標を設定する。限界がどうであるにせよ、結果として重要な技術的な進歩が期待されるのだ。
(参照:arxiv.org/abs/1707.09341: Correspondence: Still No Evidence for Single Photon Detection by Humans:人間が単一光子を検出することに関する証拠はまだ存在しない)、Nature Communications 7, Article number: 12172 (2016): Direct Detection of a Single Photon by Humans:人間による単一光子の直接検出)