安全で安価な原子力発電
米国が中国に「無償提供」
安価でクリーンな原子力発電所がついに実現しつつある。だが、そのテクノロジーが50年以上前に発明された米国以外の話だ。 by Richard Martin2016.08.02
未来の原子力発電所の炉心内を体験する機会が2月に中国の上海応用物理研究所であった。実質現実(VR)だったが、今後数年で、限りなくメルトダウンが起きにくい設計の実験原子炉を建設する計画を視察できた。超高温の炉心内部は、極めて放射能が高く、人間は決して立ち入ることができない。VRで目の前にある発電施設の重層的な容器を外側から、ステンレス製容器、ハイテク合金の内層、最後に核燃料自体を取り除くと、放射性物質の粒子を含む何万ものビリヤードサイズの球が登場した。
中国の次世代核研究開発プログラムの内部構造を(VR的に)体験したことで、新しい原子力技術の登場に立ち会った気になった。この実質現実の反応炉から張り巡らされた複雑な配管系統が運ぶ流動体が、まったく新しい原子力発電所の中枢機能だ。流動体は、反応炉を冷却し、熱を運んでタービンを動かし発電する溶融塩である。少なくとも理論上、このタイプの反応炉は、チェルノブイリや福島で起きた突発事故が発生せず、従来の反応炉で大きな負担だった高価で冗長的な安全システムが不要とされている。さらに、この新型発電所は廃棄物がほとんどなく、既存の核廃棄物も使い切れるとされている。はじめのうちは、世界の原子力発電所の99%が使っているウランで発電するが、最終的にはよりクリーンでより豊富にあるトリウムで発電することになるだろう。上海研究所の最終目標は溶融塩炉を建設することで、現在の原子力発電所に使われている1970年代生まれのテクノロジーを置き換え、上海や北京の空気を汚している石炭から脱却することで、中国は、安価で、豊富、ゼロカーボンエネルギー時代の先頭を行く可能性がある。
今後20年で、中国は世界最大の原子力発電産業を築くつもりだ。計画には、約30の新しい従来型原子力発電所だけでなく、トリウム溶融塩原子炉、高温ガス冷却炉(溶融塩原子炉のように高効率で本質的に安全)、ナトリウム冷却高速炉(従来の反応炉の使用済み燃料を発電に使える)など、さまざまな次世代原子炉が含まれている。中国の計画立案者は、国内の原子力発電量を劇的に拡大するだけでなく、世界トップの原子炉と構成部品の供給元になろうとしており、多くの西洋諸国の関係者は憂慮するだろう。
上海研究所が取り組む溶融塩原子炉開発は、米国で確立されたが、忘れられていたテクノロジーであり、「復活」は中国の原子力開発の大胆な意欲を反映している。中国政府は、すでにこの5年で溶融塩原子炉開発に約20億人民元を投資しているが、実際に発電所を建設するには何百億と必要だ。世界中で開発中のその他の革新的な原子力技術のように、人が動かしたのは小型の実験用溶融塩炉であって、実用レベルで実際に反応炉を作り、電力網に接続した実績がないため、安全性の保証も全くない。しかし、中国政府は、商用規模の発電所を15年以内に完成稼働し、存続が危ぶまれる原子力産業の復活を目指している。
初の溶融塩原子炉は、1950年代後半テネシー州のオークリッジ国立研究所でアルビン・ワインバーグ指揮の下で実験された。実質的に、現在の中国のプログラムは、オークリッジと上海研究所の唯一でやや物議を醸す提携が実を結んだものである。米国の溶融塩原子炉研究プログラムは、10年以上継続した後、現在大部分の原子力発電所で利用されている技術を優先することを理由に、実質的に停止した。振り返って見ると、この決定が、有望な原子力技術を消滅させただけでなく、原子力産業の長期的な停滞を招いた。
現在も、気候変動を抑えるには、世界は核エネルギーがますます必要だ。国際エネルギー機関によると、気温上昇を2度以内に抑えるには、世界の原子力発電容量は、今世紀半ばまでに2倍以上にする必要があるが、現状では実現しそうにはない。中国とインドなど数カ国は、原子力発電の大規模な増加に着手したが、他の国の多くは従来型の反応炉テクノロジーを必要としており、さらに多くの他の国々にとっては、原子力発電所そのものが非常に費用負担が大きく、現実的なエネルギー源にはならない。経済的には原子力発電を支えられるドイツのような国でも、新たな事故を恐れて廃止に向かっている。こうした事情を元に、上海研究所はフェイルセーフな原子力発電所を最優先事項として開発しているのだ。
バーチャル視察の後、溶融塩プログラムを率いる研究者の陳堃教授と、研究施設の中心である管理棟に歩いて戻った。一晩中雪が降り、凍えるような寒さだったが、講堂では、少数のスタッフが集まり、溶融塩炉プログラムの徐洪杰所長の話を聴いていた。その時は、旧正月の長期休暇の前の週で、研究所で毎年開催されるパーティーがその夜開かれていた。徐所長は、溶融塩技術の歴史と将来の展望について2時間以上話をした。
「半世紀の間中国の夢でした。以前は、溶融塩を実現するために必要な知識と技術が私たちにはありませんでした。今は、資源と技術と専門知識があります。やっと実現できる」
連鎖反応
核物理学のパイオニアであり、原子力の哲学者だったアルビン・ワインバーグがオークリッジに来たのは1945年である。高濃縮ウランとプルトニウムを完成するために、テネシー・ヒルズ北部に実験室が建てられた直後のことだった。1955年、マンハッタン計画の第一人者ワインバーグは、急速に大きくなるこの国立研究所の所長になり、1973年までそ …
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