遺伝子組換え蛾がニューヨークのキャベツ畑に間もなく現れる
個体を死に至らせる遺伝子操作をした蛾を野外に放つ実験に米国当局の許可がおりた。環境や人間に害を及ぼすとは考えにくいとしているが、農業における遺伝子組換えの広範な使用に対して関心と不安が高まっている。 by Emily Mullin2017.07.31
ニューヨーク州北部の狭い範囲において、最終的に個体を死に至らしめる遺伝子操作をした遺伝子組換え蛾を放つというコーネル大学による提案が、米国農務省により承認された。
昆虫の遺伝子を操作することで、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリーを食害する侵入種のコナガの被害を、農薬を使わずに防げる可能性があると研究者たちは言う。農務省は、野外実験が環境や人間の健康に危険をおよぼすとは考えにくいとして、実験にゴーサインを出している。
1950年代以来、科学者たちは、農園における害虫の個体数を減らすため、放射線を当てて不妊にした昆虫を作ってきた。もし今回のコーネル大学の実験が実施されれば、放射線以外のテクノロジーで作った遺伝子組換え昆虫を米国の農業のために野外に放つ初めての試みとなる。
大学や企業の研究者が遺伝子組換え技術の適用対象を植物から昆虫に移行させている中で、この蛾の実験は、農業における遺伝子組換えの広範な使用に対する関心と不安の高まりを示している。
遺伝子組換え蛾を作っているのは、バイオテクノロジー関連の複合企業イントレクソン(Intrexon)の子会社である英国企業のオキシテック(Oxitec)だ。オキシテックは「自己限定的な遺伝子」と呼ばれる遺伝子を持つ雄のコナガを作り上げた。この遺伝子を持つ雄が雌と交尾すると、遺伝子が子孫に伝わって、成虫になる前に雌が死滅し、蛾が繁殖できなくなる。これにより、遺伝子組換え蛾を放った地域における蛾の個体数を減らせる仕組みだ。さらにこの遺伝子組換え蛾は、追跡調査に使用できる蛍光たんぱく質を持つように遺伝子を操作されている。
コナガは、成虫ではなく幼虫が作物に被害をもたらす。そのため、オキシテックによると、コナガの成虫を放っても作物の被害が拡大することはないという。
オキシテックは、特定の蚊が媒介するジカ熱、チクングンヤ熱、黄熱といった病気のまん延を防ぐ目的で、同じ技術を用いて遺伝子操作した雄のネッタイシマカを作っている(「Inside the Mosquito Factory That Could Stop Dengue and Zika(デング熱とジカ熱の拡大の阻止につながる可能性のある蚊を作る工場)」を参照)。
コーネル大学の昆虫学者であり、本実験のリーダーを務めるアントニー・シェルトン教授は、将来いかに遺伝子組換え昆虫を害虫管理に使用できるかについてさらなる情報を得るために、野外実験が必要だと述べる。
シェルトン教授が率いる研究チームは、遺伝子操作された蛾を、コーネル大学が所有するニューヨーク州ジェニーバにある約4万平方メートルの野原に放つ予定だ。農務省は、3カ月間から4カ月間にわたって、遺伝子操作した雄の蛾を1度に最大1万匹、あるいは1週間あたり最大3万匹放つことを許可している。
シェルトン教授は、ケージと温室内における実験では、遺伝子操作された蛾が昆虫の個体数を減らすのに効果的であることが示せたとしている。一方、遺伝子組換え蛾を野外に放つことに反対する地域や全国の団体は、そうした実験結果がいまだに論文審査のある専門誌に発表されていないと指摘する。
ワシントンD.C.に拠点を置く食品安全センターの政策調査分析官のジェイディー・ハンソンは、消費者擁護団体である同センターは遺伝子組換え蛾を使っても農薬使用量が減らないことについても懸念しているという。「同じような野菜を食べる昆虫は他にもいます。他の害虫を駆除するため依然として同じ農薬を散布する必要があるのなら、遺伝子組換え蛾を使用する利点はどこにあるのでしょうか」と、ハンソンは言う。
今回の実験を開始するには、今後さらにニューヨーク州環境保護局の許可がおりければならない。
2015年、農務省はシェルトン教授に同様の野外実験の許可を出したが、その後、許可を取り消している。環境と人間の健康に「重大な影響はない」という農務省の環境アセスメントを、市民に正式に通知しなかったのが理由である。
2016年、連邦政府の監督機関は、オキシテックが遺伝子組換え蚊を野外に放つことを承認したが、実施は延期されている。オキシテックは、ブラジル、グランド・ケイマン、パナマの一部地域ですでに遺伝子組換え蚊を放っており、その地域におけるネッタイシマカの個体数の減少につながっているとしている。
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クレジット | Image courtesy of Wikimedia |
- エミリー マリン [Emily Mullin]米国版
- ピッツバーグを拠点にバイオテクノロジー関連を取材するフリーランス・ジャーナリスト。2018年までMITテクノロジーレビューの医学生物学担当編集者を務めた。