2016年6月、英国とブラジルの科学者チームは簡易研究室に改造したバスに乗り込み、ブラジル北東部の6都市を巡る旅に出発した。
研究者たちの目的は、ジカウイルスに感染した蚊を見つけ出し、その体内のウイルスのゲノム配列を特定することだった。ジカウイルスのゲノムの進化には、この流行の起源を解明する手がかりが隠されているのだ。研究者たちは、蚊を採集して中央の研究室に標本を送る代わりに、研究に必要となるあらゆるものをバスに積み込んだ。とりわけ重要な研究機器は、一組のトランプほどの大きさと重さのDNAシーケンサーだ。ノートPCのUSBポートから電源を取り、価格はわずか1000ドルだ。
「MinION(ミニオン)」というこの機器は、約500個のナノスケールの細孔にDNAを通過させ、各ヌクレオチド(DNAを構成する単位)やDNA塩基が生成する電気信号を測定することでDNAを解読する。この発明の開発に12年の歳月と約2億ドルの費用を投じた英国の民間企業、オックスフォード・ナノポア・テクノロジーズ(Oxford Nanopore Technologies)は、低価格のDNAシーケンサーによりリアルタイムで生命を研究する手段を提供しようとしている。あらゆる生物にはそれぞれ固有のDNAが存在し、DNAを解読できれば、微生物の詳細な識別とプロファイリングができる強力なツールとなる。昨年、このガジェットは南極の氷河谷での生物探索、国際宇宙ステーションにおける史上初の宇宙空間での遺伝子シーケンシング、そしてウェールズの「ビッグ・ピット(Big Pit)」炭鉱の地下深くでの調査に活用された。
オックスフォード・ナノポアにとって、企業としての中心的な問題は、このようなポータブル型のシーケンシング機器が広く有用かどうかということだ。オックスフォード・ナノポアは、評価額が約15億ドルの未公開企業で、2014年にミニオンを発表したものの、昨年の売上高は約600万ドル程度に留まり、時には製品開発に必要な消耗品を無償提供することもある。しかし、ミニオンのユーザーが新たな用途を生み出すことで、このテクノロジーに対する需要が拡大し、より広範なシーケンシング市場を開拓できるとオックスフォード・ナノポアは確信している。
コンサルタント会社のデシバイオ(DeciBio)によれば、高速DNAシーケンサーとその稼働に使う化学物質の世界市場は現在、年間約30億ドル規模となっている。この金額は、大ヒットした1つの薬の売上高とほぼ同等だ。この市場でシェアの大半を占めるのはカリフォルニア州サンディエゴの企業、イルミナ(Illumina)で、最上位機種は価格が100万ドル、大型のファイルキャビネットほどの大きさで、重量は498ポンド(約226kg)だ。この機器は、週に35個のヒトゲノムを高精度かつ各ゲノム1000ドル未満のコストで解読できる。大規模な学術センターや企業は、こうした解読機器で疾病の原因の研究はもとより、新しいタイプのがん診断や出生前検査のための遺伝子研究に活用している。
これらの活動全 …