「網膜」の仕組みを模倣、VRを高精細化する新技術が登場
VR/AR向けヘッドセットの画面の解像度は、ここ数年間で大幅に向上した。しかし依然として、これらの画質は、実生活で私たちが見ているイメージにはほど遠い。 by Rachel Metz2017.06.21
実質現実(VR)向けヘッドセットのオキュラス・リフト(Oculus Rift)をかぶって、都市生活者のこじゃれた家の中を見回してみよう。壁に貼ったポスター、スタイリッシュな衣服棚に積まれたセーター、クールなオレンジ色のソファ、グレーのビーンバッグの椅子が目に入ってくる。
しかし、この眺めは通常のオキュラス・リフトで見た典型的なバーチャル世界のものとは少し異なっている。眺め全体が均一にはっきりしているのではなく、まっすぐ前方の、視野全体の約5%を占める四角形の部分が、ほかの部分よりも詳細に見える。ソファのクッションの織地の筋や、セーターやビーンバッグの模様が鮮明だし、ポスターに書かれた言葉やいろいろな本のタイトルも読める。
このヘッドセットを作成したのは、フィンランドのスタートアップ企業、ヴァリオ(Varjo)である(Varjoはフィンランド語で「影」の意味)。ヴァリオは実質現実と拡張現実(AR)のヘッドセットの画像の解像度を大幅に改善することで、多くのユーザーにとってより魅力的で、専門家にとってより有用にしようとしている。
オキュラス・リフトをはじめ、マイクロソフトのホロレンズ(HoloLens)やHTCのヴァイブ(Vive)など、VRやARに使用するヘッドセットの画面の解像度は、ここ数年間で大幅に向上した。しかし、これらの製品の画質は、実生活で私たちが見ているイメージにはほど遠い。筆者はマジック・リープ(Magic Leap)で拡張現実の事例をいくつか見たが、試作品を身に着けることはもちろん、顔のところまで持ち上げることすらできかった(マジック・リープはフロリダに拠点を置くVR/ARのスタートアップ企業で、巨額の資金を集めた謎めいた存在として知られている)。
フィンランドのヘルシンキに本拠を置くヴァリオは設立から1年も経っていないが、すでに実質現実/拡張現実向けの試作品に取り組んでいる。建築家やデザイナー、3Dモデルを取り扱う人向けにヘッドセットの初期バージョンを作成し、2017年末にはいくつかの企業に試してもらう計画だ。2018年には専門家のユーザー向けに販売を開始する考えだ(価格についてヴァリオは言及しなかったが、数千ドル程度と思われる)。
先週、サンフランシスコのある企業を訪れた時、ヴァリオの試作品に触れる機会があった。高解像度のマイクロ有機ELディスプレイを搭載したオキュラス・リフトのディスプレイの前に、ガラス板が斜めに配置してある。このガラス板が、異なる2つのディスプレイの画像を、1つの画像に統合して、ヘッドセットのユーザーに見せている。
ヴァリオの共同設立者であるアーホー・コントリ最高経営責任者(CEO)は、「基本的に、画面の小さな領域に、他の部分よりもずっと多くのピクセルを配置しています」と述べる。
この仕組みは、中心窩レンダリングと呼ばれる技術に似ている。眼の網膜上の点である中心窩のように、目の焦点が合っている視野の中心部に最高解像度の画像を表示し、周辺部には低解像度の画像を表示する。
理屈から言えば、中心窩レンダリングは、超精細な画像の表示に必要なコンピューティングパワーを大幅に削減できる。おそらくは、携帯電話や軽量で自由なヘッドセットのようなコンピューティングパワーがあまりない機器で、すばらしいVR/AR体験を得られるようになる可能性がある。しかし、うまくいくためには(少なくとも利用者が吐き気や不快感を覚えなくなるためには)、非常に正確なアイトラッキング技術が必要になると考えられるため、ほとんどまだ研究段階にある。
実際、ヴァリオの試作品はアイトラッキング機能を備えておらず、オキュラス・リフトが標準搭載するトラッキング機能で頭の位置と向きを監視していた。
ヴァリオは視線を追跡する機能を追加する予定だとしているが、一筋縄ではいかないだろう。ダートマス大学で3Dビジョンやディスプレイを研究しているエミリー・クーパー研究助教は、アイトラッキングは較正が難しく、常に一定しているわけではないと指摘する。同じ場所で同じ物体を見る場合でも、毎回、常に網膜のまったく同じ部分を使うわけではないので、アイトラッキングが外れてしまうこともある。
「人の視覚は完璧ではないことを、常に心に留めておくことが大切です。中心窩レンダリングではそのことが役立っていますが、ときとして邪魔になることもあります」とクーパー研究助教はいう。
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クレジット | Image courtesy of Varjo |
- レイチェル メッツ [Rachel Metz]米国版 モバイル担当上級編集者
- MIT Technology Reviewのモバイル担当上級編集者。幅広い範囲のスタートアップを取材する一方、支局のあるサンフランシスコ周辺で手に入るガジェットのレビュー記事も執筆しています。テックイノベーションに強い関心があり、次に起きる大きなことは何か、いつも探しています。2012年の初めにMIT Technology Reviewに加わる前はAP通信でテクノロジー担当の記者を5年務め、アップル、アマゾン、eBayなどの企業を担当して、レビュー記事を執筆していました。また、フリーランス記者として、New York Times向けにテクノロジーや犯罪記事を書いていたこともあります。カリフォルニア州パロアルト育ちで、ヒューレット・パッカードやグーグルが日常の光景の一部になっていましたが、2003年まで、テック企業の取材はまったく興味がありませんでした。転機は、偶然にパロアルト合同学区の無線LANネットワークに重大なセキュリテイ上の問題があるネタを掴んだことで訪れました。生徒の心理状態をフルネームで記載した取り扱い注意情報を、Wi-Fi経由で誰でも読み取れたのです。MIT Technology Reviewの仕事が忙しくないときは、ベイエリアでサイクリングしています。