先週、サンノゼのコンベンションセンターで開催されたアップルの年次開発者カンファレンス。アップルのティム・クックCEO(最高経営責任者)は、集まった数千人の参加者を前に、ステージ上を大股で歩き回りながら、これから発売される新製品を生き生きとした身振りを交えながら紹介した。
その中にはホームポッド(HomePod)スマートスピーカー(「アップルがAIアシスタント市場参入、ただし売りは『スピーカー』」参照)、開発者たちが人工知能をアプリに組み込める新しいツールも含まれている。
6月1日の朝まで、クックCEOは米国の反対側の海岸にいた。MITメディアラボの感情コンピューティンググループを訪れていたのだ。クックCEOは黄色い笑顔の絵文字クッションと並んで灰色のソファに腰かけ、ロザリンド・ピカード教授からうつ病の話を聞いていた。クックCEOは今年、MITの学位授与式でのスピーチを依頼されており、その前にキャンパス内で行われている研究について話を聞いて回っている。その多くがセンサーやAIを扱うプロジェクトだ。
ピカード教授はウェアラブルデバイスと携帯端末のデータで人間の感情を測定する専門家で、現在は携帯電話から引き出したデータを利用してうつ病を診断、さらに予測する方法を研究している。うつ病は、2020年までに就業不能を引き起こす原因の2番目になることが予想されている問題だ。
ゆくゆくは、うつ病になりやすい時点を事前に予測できるようにしたいとピカード教授は考えている。「うつ病を把握するだけではなく、予測できるようにしたいのです」とピカード教授はクックCEOに語った。
私たちの行動をより洗練された形で把握できるようになるにつれ、携帯電話は私たちを見守り、自分自身と将来の行動の理解を助ける手段として、重要な役割を担うようになるかもしれない。
人工知能の活用においてアップルがしばしばグーグル、マイクロソフト、アマゾンといった企業に後れを取っていると言われることに対し、クックCEOは機械学習がすでにiPhoneのかなりの機能に組み込まれていると主張する。
ピカード教授との会談の数時間後に行なわれたMITテクノロジーレビューのインタビューで、クックCEOは機械学習を活用しているiPhoneの機能を列挙した。たとえば写真の画像認識がそうだし、アップル・ミュージックではユーザーがこれまで聞いてきた音楽を学習し、それに応じておすすめ機能を調整している。さらにバッテリーがこれまでより長持ちしているのは、端末の電力管理システムが機械学習を利用してユーザー個人の使用状況を学習し、それに応じて消費電力を調整しているからだという。
クックCEOは、メディアがアップルのAI技術をそれほど評価していないのは、おそらくアップルがすでに完成した製品の機能だけを好んで語り、一方で多くの他の企業は「未来を売っている」からだろう、という。「私たちは2019年、20年、21年の予定についてまで語りはしません。計画が立ってないからではなく、語りたくないからです」。
クックCEOはAIを「深遠なもの」であり、驚くべき仕事を次々に成し遂げる可能性を秘めていると語る一方で、さまざまな問題を放っておいて人間の仕事を自動化することは快く思っていない。「テクノロジーの発展がここまで飛躍的になってくると、技術は人間性に奉仕すべきであり、その逆を行くべきではないという事実を見失うリスクがあります。私はそうはっきりと感じています」。
こうした考えのもと、クックCEOは、アップルがiPhone上のどのデータへのアクセス権を得るべきか、どのデータが外に出せないほど私的なものであるか、慎重に勘案している。こうした問題は、法的機関からのiPhoneのロック解除の強い要請を拒絶した際の争点となった(「もしアップルが間違っていたとしたら?」参照)。
クックCEOに対してはぜひ使用したいと話しているにもかかわらず、ピカード教授の研究室ではアップルの端末を使用していない。現在進められている学生の情緒的健康に関する研究では、iPhoneからは必要なデータを取り出すことができないのだ。たとえば、ユーザーが現在誰に電話していて、誰にメッセージを送っているかといったことだ。研究者はこれらのデータを(実験への参加者から許可を取ったうえで)学生の社会参加の状況を把握するのに利用する。
アップルにはモバイル・ヘルスに関する研究開発プラットフォームとしてヘルスキット(HealthKit)があるが、それも研究には利用できなかったとピカード教授はいう。議論が終わる前に、クックCEOは赤いクロムめっきを施したiPhoneをポケットから取り出し、この件について社内で調べるとメモを打ち込んだ。