サウスカロライナ州、スパータンバーグにある地域病院、ギブズがんセンターの診療室には「がん阻止にご協力ください」というポスターが貼ってある。献血に同意した人は25ドルのギフトカードがもらえ、献血によって「がんの早期発見が新しい血液検査でできるかどうかの判断」に協力することになる。
このポスター代を負担したのは、シリコンバレーのスタートアップ企業グレイル。2016年に「ほとんどのがんの『完治』に必要なのは新薬ではなく、治癒可能な初期段階で腫瘍を発見できる試験方法だ」との主張を始めた企業だ。グレイルは、未発見の腫瘍が影響している遺伝物質を血液サンプル中から検知するために、「高強度な」DNAシーケンス(DNA配列解析)が使えると考えている。
製薬業界の情報を分析するエバリュエートファーマによると、グレイルは11億ドルの資金を集めている。最も巨額な資金を調達した民間バイオテクノロジー企業3社に匹敵する金額だという。グレイルは、この分野は無人運転自動車や新形態の人工知能と同じぐらい重要で費用がかかるとしており、すでに集めた資金に加え、さらなる資金調達を計画している。現在の出資者には、遺伝子配列解析の巨大企業イルミナ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、そしてアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスなどがいる。
がんの兆候を発見するのに「スクリーニング」試験が極めて有効かどうかは、膨大かつ巨額の研究が必要だ。2016年、グレイルはギブズがんセンターなどの地域病院のがん患者7000人の血液を採取し、2017年4月、45歳以上の女性が毎年受けるよう勧告される乳房X線撮影(マンモグラム)と競合またはそれに代わる検査方法を開発できるかどうか、研究を始めると発表した。
このためグレイルは現在、メイヨー・クリニックなどの医療センターでマンモグラムを受ける12万人の女性に血液の提供を呼び掛けている。がん統計から予測すれば、この研究を開始してから1年以内にこのうちの650人が乳がんにかかる。そして、グレイルは患者から採血して保存してあった血液を分析し、DNA検査が血液サンプルから発症を正しく「予測」したかどうかを調べるのである。
研究には実に多くの人々の協力が必要で、患者への支払いは25ドルでもグレイルの負担は300万ドルに上る。「各病院は当社に十分な資金があることをはっきりと知りたがっています」と言うのは、グレイルで資金調達を担当したケン・ドラザン最高業務責任者だ。「病院は、当社の研究が途中で挫折する危険性を受け入れられなかったのです」。
全がん検査
グレイルのジェフ・ヒューバーCEOは、グーグルのソフトウェア担当重役だった。妻のローラはジェフがグレイルにCEOとして入社する直前、大腸がんで亡くなっている。その年に世界中でがんで亡くなった約800万人の1人、ローラの死がグレイルの倫理的方向性を決定することになり、200万ドルという巨額な治療費の請求が、グレイルががん治療に取り組む実利的な理由となっている。
ヒューバーCEOが言うには、ローラの命は、グレイルが開発している検査さえしていれば、安価な手術で救えた命だった。5月にヒューバーCEOはイリノイ大学の学位授与式で「必然などということはありません」と言った。「しかし、これまで誰もよい方法を見つけられなかったから起きてしまうことはよくあります」。
ガーダント・ヘルス(Guardant Health )やパーソナル・ゲノム・ダイアグノスティックス(Personal Genome Diagnostics)のような他のバイオテクノロジー企業は、闘病中または回復後の再発を心配するがん患者用のDNA検査をすでに発売している。しかし、グレイルが無症状の人をスクリーニングしているのは、より挑戦的だ。なぜなら、小さながんは発見が難しく、患者がパニックになる間違った診断や擬陽性の余地があるからだ。
真っ正面から早期発見検査を狙うのは「ベースキャンプを通らずにエベレストの頂上を目指す」ようなものだと、ガーダント・ヘルス(Guardant Health)のヘルミー・エルトーキーCEOは言う。ガーダント・ヘルスは6億ドル近い資金を調達したライバル会社で、がん患者が自分にあった薬を選ぶための血液検査を提供している。しかし、エルトーキーCEOは、何百万人もの人々を健康診断でスクリーニングするのは本当の聖杯(Holy Grail)であると認めており、ガーダント・ヘルスも同じ方向に動いていると言う。「近年の歴史において、がんの早期発見検査は最大の診断の好機です」。
がん検知のためのスクリーニングに賛成の理由は明らかである。 …