2016年3月、アルファ碁(AlphaGo)が 韓国出身の世界的棋士イ・セドルを相手に歴史的勝利を収めたあと、 チェン・ジンラン囲碁師範は差し迫った危機感を感じた。AIが囲碁に終焉をもたらすのではないかと不安を抱き、思い悩んだ。
しかし、さらに強力なアルファ碁が世界ランク1位のプロ棋士を打ち負かした今、地元の囲碁協会トレーニングセンターで囲碁を教えるチェン師範は、以前と異なる考えを持っている。5月下旬、グーグル傘下のディープマインドが中国浙江省烏鎮(うちん)で開催した囲碁サミットを訪れたチェン師範は、これまでの想像とは違い、人間とAIが互いを補い合える未来に思いを巡らせた。
烏鎮でおよそ50名の未就学児を指導するチェン師範は、「もはや対局の勝敗には興味がありません」と語った。「それよりもむしろ、AIを人間のために役立てる方法について考えています」。
カ・ケツ九段に勝利したあと、アルファ碁は世界トップレベルの棋士数名とペアを組んで、何度か対局した。一連の対局やチェン師範の心境の変化は、AIが急速な盛り上がりを見せる中国で開催された囲碁サミットの意義を反映している。
今年の初め、中国が2030年までの計画として策定した国家イノベーション科学技術戦略で、AIは最新の要素となった。中国政府は2018年までにAI産業に対して約150億ドルの投資を約束。その一方、中国人工知能学会は、コンピューター科学を扱う学部のみに限定されがちな機械学習やコンピューター・ビジョンなどのAI関連講座の学術的地位向上を求めている。
この種の講座に対する需要に応えるため、オンライン講義が急成長している。131ドルの受講料を払えば、AIに興味を持つあらゆる人が、北京を拠点とする企業チャイナハドゥープ(ChinaHadoop)が提供する深層学習の講座を受講できる。深層学習はアルファ碁の原動力となっているAIの開発手法だ。清華大学では機械学習講座の受講定員が60名に制限されているにも関わらず、時には120名もの学生がやってくることもある、と機械学習とデータマイニングを研究しているジエ・タァング准教授は話す。
深層学習と自然言語処理を専門とする清華大学のミニ・ホアン准教授は、今回のサミットが「中国に、AIに関する新たな段階の思考と議論をもたらすでしょう」と補足した。
ホアン准教授は、現時点で人気のあるAIのアプリケーションに飛びつくのではなく、長期的な計画性が必要な基礎研究にもっと重点を置く必要があると強調する。たとえば、AIが言語を使いこなせるようになるまでの道のりはまだまだ長いが、この課題における進歩が、AIの本質的な賢さと有用性をさらに引き上げ、「人間と機械が補完し合う未来は、いずれ必ずやってきます」。
囲碁サミットは、AI研究の進捗度合いを測る内覧会のようなとも言えるかもしれない。タァング准教授は、今後、学界と産業界のAI研究者間の協力関係が深まっていくだろうと予想している。 また、人間とAIアルゴリズムがより効率的に連携する方法を探る研究も活発化するかもしれない。
囲碁を教えるチェン師範ですら、アルファ碁の影響力は囲碁にとどまらないと考えている。「このプログラムは、囲碁のためだけに開発されたのではありません」とチェン囲碁師範は言う。「アルファ碁は、実生活の中の多くの事柄を変化させるでしょう」。