自撮り写真と音声データがあればあなたのアバターは生き続ける
スタートアップ企業オーベンは、セルフィー1枚と音声データからあなた自身のアバターを作成できるテクノロジーを開発している。アバターは元の人間とそっくりに話したり、歌ったりできる。 by Rachel Metz2017.05.31
本物のニキル・ジャインに会った後で、今、私はノートPCの画面の中にいる小さなアニメーションバージョンのジャインを眺めている。胸から上だけの姿だが、本物と同じ口調で快活な訛った英語を話している。ただ画面の中のジャインは禿げていて(髪の毛のアニメーションをそれらしく作るには手の込んだ作業が必要になるからだ)、声には少しロボットめいた音が混じる。
3年前、ニキル・ジャインCEO(最高経営責任者)らが創業したスタートアップ企業オーベンは、1枚の画像と音声クリップから、「デジタルな魂」とでも言うべきアバターを自動的に生成するテクノロジーを開発している。元となった人にそっくりな顔と話し方のアバターで、好きな内容を語らせたり、歌わせたりできる。
もちろん、オーベンが描画するアバターがあなたやビヨンセ、マイケル・ジャクソンになりかわることはないだろう。しかしそこそこ出来の良い愉快な似姿になって、さまざまな面で役に立つことがあるかもしれない。もしかしたらジャインCEOのように、家に帰れない時でも子どもたちに絵本を読んであげるバーチャルな分身が欲しい人がいるかもしれない。 モバイルやVRのアプリで自分のアバターとファンがデュエットできるようにしたいセレブもいるだろうし、あるいは亡くなったセレブの遺族が、アバターのパフォーマンスでその人を「生き」続けさせてほしいと考えるかもしれない。少し不気味な感じも残るだろうが、アバターの可能性は尽きないのだ。
オーベンはカリフォルニア州パサデナに本社を置き、これまでに900万ドルを調達している。年末にはアプリのリリースを計画しており、自分のアバターを制作したり、ビデオクリップを友達とシェアできるようになる予定だ。
さらに、まだ具体的な名前は明かされていないものの、アジアのいくつかのバンドと協力して、ファンとメンバーがデュエットできるモバイルアプリ向けアバターの開発も進めている。先月には、圧倒的な人気を誇るソーシャルアプリWeChatで、HTC Viveヘッドセット向けにオーベンの実質現実バージョンをローンチする計画も発表された。
今のところ、ジャインCEOが見せてくれたようなアバターを制作するにはまだかなりの時間がかかり、ウェストから下の身体も表示できない(ジャインCEOによると、オーベンでは身体の残りの部分をアニメーション化する実験も重ねているが、現在は「別のことに重点を置いている」という)。1枚の自撮り(セルフィー)写真と音素の豊富な台本を読み上げる2分から20分の音声(長ければ長いほど良い)だけでアバターを作れるとはいえ、出来の良いものにするにはオーベンの深層学習システムで8時間ほどかかる。これには、録音された音声をクリアに処理し、訛りや声色といった特徴を反映して個人の声紋を作成し、視覚的な3Dモデルを作成する時間が含まれる(ジャインCEOによると、表情は写真と声紋からの予測で作られるという)。アバターの話し声は自然に聞こえるが、私が聞いた限り、歌声のほうはオートチューンでエフェクトをかけたような不自然なものだった。
今後予定されているアプリのアバターは、今ほど完璧を目指さずに、もっと速く作成できるものにするとジャインCEOは言う。今のところ、アバターが話せるのは英語と中国語に限られているが、あらゆる言語を自然な素振りで話せるよう、アバターの話し声と表情をマッチさせる方法も模索しているところだ。
オーベンが取り組んでいる人間のデジタルコピーがいくらかでも役に立つとすれば、今後長期的に見て、人々のデジタルな自己のかたちをどうしてゆくべきかという問題が持ち上がるだろう。あなたが死んだ後も、アバターは残しておくべきだろうか? オーベンが2年前に公開したこのデモ映像のように、あなたが遺したデジタルデータの欠片で、誰かがデジタルなあなた自身と呼べるものを再び作り出すとしたら、ぞっとするのではないだろうか?
ジャインCEOは正しい答えはわからないとしつつ、ユーザーデータを管理する他の企業と同じように、オーベンもユーザーの死に関する問題に対処する必要がある点には賛同している。そしてこうした大きな問題以上に、亡くなった人のデジタルな分身というテーマには大きなビジネスチャンスが潜んでいる。オーベンのビジネスモデルの少なくとも一部は、死者の分身の保管を前提にしたものだろう。ジャインCEOによると、オーベンはすでに数多くのセレブの遺族からアプローチを受けているという。その中には亡くなってずいぶん経つ人物も、つい最近亡くなったばかりの人物もいるそうだ。
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- レイチェル メッツ [Rachel Metz]米国版 モバイル担当上級編集者
- MIT Technology Reviewのモバイル担当上級編集者。幅広い範囲のスタートアップを取材する一方、支局のあるサンフランシスコ周辺で手に入るガジェットのレビュー記事も執筆しています。テックイノベーションに強い関心があり、次に起きる大きなことは何か、いつも探しています。2012年の初めにMIT Technology Reviewに加わる前はAP通信でテクノロジー担当の記者を5年務め、アップル、アマゾン、eBayなどの企業を担当して、レビュー記事を執筆していました。また、フリーランス記者として、New York Times向けにテクノロジーや犯罪記事を書いていたこともあります。カリフォルニア州パロアルト育ちで、ヒューレット・パッカードやグーグルが日常の光景の一部になっていましたが、2003年まで、テック企業の取材はまったく興味がありませんでした。転機は、偶然にパロアルト合同学区の無線LANネットワークに重大なセキュリテイ上の問題があるネタを掴んだことで訪れました。生徒の心理状態をフルネームで記載した取り扱い注意情報を、Wi-Fi経由で誰でも読み取れたのです。MIT Technology Reviewの仕事が忙しくないときは、ベイエリアでサイクリングしています。