カリフォルニア大学デイビス校のパメラ・ロナルド教授は、キャンパスの端にある、蒸し暑い温室の中で、黒いプラスチックの鉢から穂を出す2列のイネの間に立っている。
ロナルド教授の植物遺伝学研究室の研究者は、温室の中のイネに1週間以上も水をやらなかった。実験での対照群となる右側のイネは、黄色くなり、倒れてきている。ある遺伝子を追加した隣の列のイネは、太く、背が高く、青々としている。
ロナルド教授のチームが目指しているのは、遺伝子改変によってイネなどの作物が壊滅的な干ばつにも耐えられるようになり、世界のもっとも貧困な地域での食糧不足を防ぐことだ。ほっそりした短い茶髪のロナルド教授は、実験の初期結果を見ながら微笑んだ。
ロナルド教授はこれまで30年以上、世界の人口の半数以上が主食とするイネの環境ストレス耐性を高めるために尽くしてきた。ロナルド教授は、長期の洪水にも生き残れるイネの遺伝子を特定し、近年の植物遺伝学におけるサクセス・ストーリーで中心的な役割を果たしてきた。洪水はアジアの低平地における大きな課題であり、インドとバングラデシュだけでも毎年およそ400万トンのイネが失われている。ロナルド教授の研究室が新種のイネを作り出して10年経った現在、500万人以上の農民が「サブ1(Sub1)」と呼ばれる遺伝子で作られた品種を育てており、耕作面積はアジア全体で200万ヘクタール以上に達している。
気候変動によって地球上の多くの地域で干ばつの頻度や激しさが増し、食糧安全保障と国家の安定が脅かされるにつれて、ロナルド教授をはじめとする科学者の新しい研究はより大きな意味を持つようになってきている。今世紀末には極限的な干ばつが倍増し、南アジアとサハラ以南のアフリカでは田畑や農民に破壊的な打撃を与える可能性がある。
ロナルド教授の研究は、現代の遺伝学が人々の生活や生命を守るための有力な手段となる可能性を示し、遺伝子組み換え作物を巡って世界中に広がる恐怖や誤解への強力な反論となっている(「遺伝子組み換え作物がなぜ必要になるか」参照)。「食糧に含まれる遺伝子に注意を向けることは、極めて重要な事実から目を逸らすことになります。私たちは、どうすれば有害な農薬の使用を減らせるでしょうか。どうすれば貧しくて栄養失調の人たちに食事を与えられるでしょうか。どうすれば農民が種を確実に手に入れ、消費者が食料を普通の値段で買えるようになるのでしょうか」
山の花
ロナルド教授はカリフォルニア州サン・マテオで育った。母親は才能あふれる園芸家であり、料理家だった。父親は少年時代にナチス・ドイツから逃れてきた実業家だった。
カリフォルニアに到着して数年たってから、父親は南タホ湖に46平方メートルほどのキャビンを建て、家族はここで毎年夏休みを過ごした。15歳のある暑い夏の日、兄弟と一緒にシエラ・ネバダ山脈に向かう急な坂道をハイキングしていたロナルドは、尾根の鞍部で本をのぞき込んでいるカップルに出会う。2人は花の目録を作っている植物学者だった。ロナルドは母親と庭やキッチンで時間を過ごすようになって以来植物が好きだったが、植物で生計が立てられることを知ったのはこの時が初めてだった。
1980年代の後半、カリフォルニア大学バークレー校の博士課程でロナルドはピーマンとトマトの研究を始めた。だが、博士号を取得した後は、研究の重点をイネに移すことを決めた。イネのように極めて重要な作物なら、ストレス耐性を少し上げるだけで多くの人々を救えると知ったからだ。トマトやピーマンは「サラダには大切ですが、私はメインの食事を研究対象にしたかったのです」とロナルド教授は振り返る。「主食となる作物、つまりもっと大切なものの研究に移りたかったのです」
1992年、ロナルドはカリフォルニア大学デービス校に助 …