KADOKAWA Technology Review
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がん治療最前線
免疫療法のパイオニア
ジェイムス・アリソン教授
R. Kikuo Johnson
カバーストーリー Insider Online限定
Immunotherapy Pioneer James Allison Has Unfinished Business with Cancer

がん治療最前線
免疫療法のパイオニア
ジェイムス・アリソン教授

ある種のがんで、患者によってはがんが完治することもある免疫療法は、一方では効かないがん、効かない患者がいる不可解な治療方法だ。MDアンダーソンがんセンターのジェイムス・アリソン教授に、現在の課題について話を聞いた。 by Adam Piore2017.04.27

取材のためMDアンダーソンがんセンター(ヒューストン)に到着すると、ジェイムス・アリソン教授(免疫学科長)と、長年の共同研究者パドマニー・シャルマ教授の姿はどこにもなかった。同僚によると、アリソン教授は前日、オースティンのロック・フェスティバルで、ウィリー・ネルソン(アメリカのシンガーソングライター)によって6万人の観客の前に引っ張り出され、ハーモニカをソロ演奏する羽目になり、今はまだ、会場から戻ってくる途中だという。

アリソン教授は聞き飽きるほどの賞賛にも慣れたに違いない。がん免疫療法におけるアリソン教授の功績は、ノーベル賞の噂すら聞こえてくる。20年前、免疫系を解放して自ら腫瘍を破壊させる薬によって、アリソン教授は人間の体に、がんに抵抗する力があることを世界で初めて示した。

「ヤーボイ」と名付けられた薬は、2011年に転移性皮膚がんの治療薬として発売された。幸運にも薬が効いた患者は、自分を死に追いやったはずの腫瘍が溶けて消えていくのを目の当たりにした。昨年までにヤーボイ等ふたつの新薬は10万人以上に処方され、売上高は全世界で年間60億ドルに達した。革新的な免疫療法「チェックポイント阻害剤」は、化学療法以来、がん治療の最も重要な進歩だといわれている。

アリソン教授はくしゃくしゃの白髪頭をした控えめな外見の68歳で、言葉にはテキサス訛りがかすかに感じられる。今でも、自分の発見によってがんを克服した元患者に会うと涙を抑えられないという。だが今回の取材は、アリソン教授にまだ残されている課題について話を聞くのが目的だ。ジミー・カーター元大統領や22歳の皮膚がん患者が奇跡的に治癒した成功談の裏では、救われた患者数をはるかに上回る患者が命を落としている。理由は誰にもわからない。今年、米国で死に直面しているあらゆる種類のがん患者のうち、何らかの免疫療法薬で恩恵を受けるのは12人に1人だけと考えられている。スーパーボウル中継でコマーシャルが流されるなど、消費者向けの直接商法が危険なまでに期待値を高めてしまったと批判する人もいる。最後の望みをかけて全財産をつぎ込む患者の大多数が、アリソン教授の薬や他の同様の薬が、まだ自分を含め全ての人には効かない事実を突きつけられることになる。

その欠点に、誰よりも早くアリソン教授は気づいていた。授賞式に出るたびに、その思いが影を差して素直に喜べないという。時には、夜眠れなくなることもある。2015年のラスカー医学研究賞受賞後には「ヤーボイの治療を1サイクル受けた悪性黒色腫(皮膚がんの一種)患者の10年後生存率は、約22%です」と語り、その後厳しい表情で付け加えた。「この数字をもっと高めなければいけません。そして、他にも多くの種類のがんで同様の結果を出すべきなのです」

MDアンダーソン・センターでは、アリソン教授が「プラットフォーム」と呼ぶ研究について説明を受けた。免疫システムがなぜ、ある時は完璧な攻撃力となり、別のケースではうまく働かないのかを調べる大規模研究だ。南米ガイアナからの移民で、がん専門医のシャルマ教授は、アンダーソン・センターで実施されている165の免疫療法治験のうち100の治験から腫瘍サンプルを集めて、自分とアリソン教授の研究室で分析、がんとの戦いがどう進行しているかの手がかりを探っている。「どんな免疫反応で腫瘍を拒絶できたのか。免疫反応が何をしたら腫瘍の拒絶を阻害し、腫瘍が再び成長を始めたのか。このふたつが、これから解明していく大問題です」とシャルマ教授はいう。

一部の人にとって、答えはすぐには得られない。医薬品業界や研究機関は、こぞって免疫療法の新薬を臨床試験しており、その数は数千件に上る。ある調査によれば、PD-1と呼ばれるひとつのたんぱく質に関する薬の臨床試験だけで、2016年10月時点でまだ16万6736人以上の被験者が必要だった。カリフォルニア大学サンフランシスコ校の免疫学者で、パーカーがん免疫療法研究所のジェフ・ブルーストーン教授所長兼最高経営責任者(CEO)は、免疫療法の臨床試験は全て合わせると恐らく3000件を超えると見ている。

しかし、臨床試験が山のようにありすぎて収拾がつかず、かえって逆効果になると懸念する研究者も増えている。多くの場合、基本的な科学がいまだによく理解されていないのが理由だ。バイオテクノロジー大手ジェネンテックのアイラ・メルマン副社長は、昨年秋のがん免疫療法協会の年次総会での基調演説で「このままでは、長くは続かないでしょう」と発言した。メルマン副社長は、細かい文字がぎっしり詰まった同心円を並べた複雑怪奇な図表をスライドで表示し、免疫力を高める治療の治験について説明した。メルマン副社長の言葉によれば、医薬品業界は「パスタの盛られた皿を壁に投げつけ、そのうちの何かは壁に張り付くと期待している状況」だという。

メルマン副社長は、アリソン教授は免疫療法の発見者ではないが、アリソン教授の薬は、その潜在力を明確に示した、という。そして現在、アリソン教授の薬は、免疫システムががん細胞をどう破壊するかの仕組みや、多くの場合破壊できないのはなぜかを理解するために「期待がかかる数少ない研究」のひとつだ、ともいう。「仕組みを理解すれば、科学にとって最良なことをやり、患者にとっても最良なことができる機会が、今よりもはるかに広がるでしょう。幅広くあれこれと試しながら、そのうちのどれかは効果を上げるとも期待できますが、もう一度これらすべての基本に立ち返って理解しなおしてみるのも重要です。それがわかるまでは、なぜ一部では効果があるのに、一部ではないのかを本当には理解できないでしょう」

チェックポイントの発見

アリソン教授にとってがんは個人的な問題だ。10歳の時、テキサス州の小さな町アリスで母コンスタンスの手を握ったアリソン教授は、母の首のあちこちにある焼け跡を不思議に思った。アリソン教授は母が死ぬとは予期していなかったが、母ががんで亡くなったことも、母の首にあったのが放射線療法による焼け跡だと知ったのも、後になってからだ。アリソン教授が15歳になるまでに、ふたりのおじもがんで亡くなった。

アリソン教授によると、科学者のキャリアを最初に描き始めた時に、一度はがんから離れたのだという。当時はがんについての信頼できる手がかりがほとんどなかった。また、アリソン教授が選んだ免疫学の分野は、がんに関する治療をまがい物扱いする傾向があった。「がんについて何ひとつわかりませんでした。がんの仕組みを理解するまでは、何かにぶち当たって音を立てて崩れるつもりはなかったのです」とアリソン教授は当時を振り返っていう。

1970年代当時はT細胞が発見されたばかりの時代だ。T細胞は極小の暗殺者で、T細胞のおかげで身体が感染を撃退できる。アリソン教授は、人間の体を巡回して異常を探す分子レベルの監視員がいることを知って魅了された。「T細胞はなにか間違いを見つけたらすぐにその間違いに対処する」と理解したのだ。「T細胞以上に素晴らしいものはない」とアリソン教授は考えた。

そうした免疫細胞の存在により、明らかな疑問が生じた。感染したり病気になったりした細胞を殺すことで身体を保護するのがT細胞の働きなら、がん細胞はどうやってT細胞から逃れているのだろうか。それまで、腫瘍が実際に消える場合があるヒントはあった。19世紀には、外科医が熱殺菌したバクテリアをがん患者に接種したが、結果はまちまちだった。1980年には、タイム誌の特集で、インターフェロンという分子をめぐる科学会の狂乱を扱った。免疫システムの活動はインターフェロンによって活発になる。しかし、インターフェロンの治療法はめちゃくちゃで、人を治療することもあれば …

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