抗がん剤「ハーセプチン(トラスツズマブ)」は世界初の標的治療薬だ。侵襲性の強い乳がんに関係するHER2蛋白を標的にするハーセプチンは、バイオテクノロジー会社のジェネンテックが開発し、1998年に米国食品医薬品局(FDA)の承認を得た。世界中で200万人以上の患者の治療に使われ、ハーセプチンを世界で640億ドル以上売上げたスイスの製薬大手企業ロシュ(ジェネンテックの所有企業である)は、米国外でハーセプチンを販売している。この適確医療のパイオニアが発展を遂げた経過は次のようなものだった。
1985年
米国立衛生研究所はHER2遺伝子がヒトの乳房腫瘍細胞で頻繁に増幅していることを示す。
1990年
ジェネンテックの科学者(ヒトHER2遺伝子の複製にすでに成功していた)は、HER2をターゲットにしたマウス抗体をヒト化することでハーセプチンを生成。第三者が後に見積もったジェネンテックの開発コストは1億5000万から2億ドル。
1992年
ジェネンテックはハーセプチンを治験薬として投与する許可を米国食品医薬品局FDAに申請。
1992〜1998年
HER2陽性の転移性乳がん患者に対しハーセプチンを単独または化学療法との組み合わせで安全性と有効性を見る臨床試験。
1998年3月
ジェネンテックは診断会社ダコと提携し、HER2を過剰発現させる患者を特定する商用試験を開発すると発表。
1998年5月
ジェネンテックはハーセプチンを販売する許可をFDAに申請。FDAは標準的な審査期間の10カ月ではなく6カ月以内に審査する「早期手続き」と、重病患者の満たされていない医学的需要を認める「優先審査」に指定。
1998年9月
FDAがハーセプチンと患者を特定できる診断検査をHER2陽性転移性乳がん治療として承認。
2000年8月
ヨーロッパで初の承認。
2006〜2008年
FDAが、初期HER2陽性乳がんの手術後の治療のためハーセプチンに基づく3種の処方を承認。続いて胃がんに対しても承認。
2014年
ハーセプチンの最初の特許がヨーロッパで失効。インドのバイオテクノロジー企業は2013年、先陣を切って、極めてよく似た医薬品の承認を受ける。韓国の会社は安全性や有効性で元々の製品と臨床的に有意な違いの見られない「バイオ後続品」の承認を受ける。アジアでも承認が続く。
2015年5月
オバマ大統領が適確医療に関する2億1500万ドルの研究プロジェクトを発表して間もなく、世界保健機関(WHO)はハーセプチンを低中所得国向け必須薬品リストに加える。
2019年
ハーセプチンの最初の特許がアメリカで失効予定。