気候変動の最終手段
「地球工学」の使用を
誰が決断するのか?
気候変動が加速するにしたがい、まだ少数派ではあるものの、人工的に温暖化に対抗する方法を検証しようとする研究者が現れた。最後の手段は劇薬であり、使用の決断には人類に対する巨大な責任を伴う。 by James Temple2017.04.19
ネバダ大学の環境研究機関、砂漠研究所(DRI)のデビッド・ミッチェル准教授は、駐車場に入ると、リノ(ネバダ州の都市)を見下ろす乾燥した赤い丘に車を停めた。このキャンパスからは、繁華街のカジノの屋根の向こうに雪に埋もれたパイン・ナット・マウンテンズが見える。この日の朝は、細い巻雲が空に白い線を描いていた。
ミッチェル准教授は、上部対流圏にある極寒の雲が、気候変動を解決する頼みの綱のひとつかもしれないと考えている、痩せ気味で静かに話す大気物理学者だ。巻雲にある小さい氷の結晶が、熱放射を地上表面に押し戻し、毛布のように、より端的にいえば二酸化炭素が熱を閉じ込めている。しかし、ミッチェル准教授は、この雲の影響を弱める方法があるかもしれないと考えている。
その方法は次のとおりだ。冬の時期に大型ドローンの一団を高高度の上空に飛ばし、毎年大量の超微粒子物質を大気に噴霧する。ミッチェル准教授が正しければ、噴霧により通常以上の大きな氷の結晶が生じ、消散速度の速い、より薄い巻雲ができる可能性がある。「これによって多くの熱が宇宙に放射され、地球の温度が下がるかもしれません」とミッチェル准教授はいう。イエール大学の別の研究によると、十分な規模で実施すれば、「雲の種」によって、地球の温度は約1.4 °C(産業革命以降の温暖化分に相当)低下する可能性がある。
このアイデアが上手く行くのか、どんな悪影響があるのか、世界が、気候全体を変化させかねない方法を採用するリスクの有無について大きな疑念が残る。実際、地球の温度調節を大編隊の空飛ぶロボットに委ねる提案は、不合理すぎて多くの人に衝撃を与えるだろう。しかし、本当の問題は、何と比較して馬鹿げているかなのだ。
何らかの思い切った対策を講じなければ、気候変動による飢饉や洪水、高温被害、人類の紛争によって、今世紀中頃までに毎年約50万人が死亡すると考えられている。現在、産業革命水準からの2 °Cの気温上昇(長らく危険水準と考えられてきた)を防ぐことが、どれほど努力しても達成不可能になりつつある。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、目標を達成するには、2050年までに温室効果ガス排出量を70%削減することになり、そのためには大気から100万トン単位の二酸化炭素を吸収する技術開発が必要と考えられている。しかし、多くの研究組織は、そんなテクノロジーを実現する時間も手法もないという。特に、全世界の国が、政治的展望のあるパリ気候変動協定に基づく取り決めに尽力したとしても、地球の気温は2100年までに5 °C以上上昇する可能性がある。
オバマ政権の気候変動に関する最高顧問のひとりで、ハーバード大学環境センターのダニエル・シュラグ所長は「全ての人が2°Cを目指すといいますが、私にとってそれは非現実的です。4°Cを避けられればラッキー、なんとか6°C上昇した世界にならないようにしたいです」という。
英国政府に助言するために設立された科学者団体である気候変動委員会(本部ロンドン)の研究によると、2~4°Cの上昇によって、約25億人が安定的に水を得られなくなり、1億人以上が洪水の影響を受け、世界中で作物収穫量が大幅に低下する(下記参照)。
気候そのものをリエンジニアリングすることで、危機を解決するアイデアは「地球工学」と総称される技術であり、約10年前に辺境科学(トンデモと先端科学の境目)として現れた(「地球工学の起こり」参照)。現在、地球工学を推進する機運が高まりつつある。厳しい気候予測がされるようになり、多くの研究者は、何か解決できる方法を見つける実験を開始する時だと確信している。さらに、ハーバード大学やカーネギー・カウンシル、カリフォルニア大学ロサンゼルス校等の著名な研究機関が最近、研究活動を開始した。
地球工学をすぐに実現できると真剣に主張する科学者はほとんどいない。しかし、ローレンス・リバモア国立研究所のジェイン・ロング前アソシエイト・ディレクターは、残された時間がなくなるに従い、あらゆる方法を探求し、世界を大惨事の瀬戸際から救うことが必須だ、という。「本当のところ何が正解かわかりません。しかし、真実は何かを言い続けなければならないと思っています。その真実こそ、私たちが必要なことです」
塵がもたらす夢
ミッチェル准教授はDRIの最上階の小さな一角で仕事をしている。机の上には山積みの学術論文、本棚には論文誌やバインダーがぎっしり詰まっている。コンピューター画面の上にある掲示板には繊細な氷晶のクローズアップ写真が何枚か画鋲で留められている。
2005年春、ミッチェル准教授はコロラド州ボルダ―にあるアメリカ大気研究センターでサバティカル休暇中に氷晶の大きさが巻雲や気候システムにどう影響するかの研究を始めた。それから、塵粒子のある場所で形成されやすい大きめタイプの結晶が発生させる巻雲は、雲量が少なく、また薄くなることをミッチェル准教授のチームが発見した。
ミッチェル准教授の脳にはこの一件がひっかかっていた。ネバダ州に戻って間もない頃のある朝、この発見が気候工学的構想に変わる夢をみたのだ。ミッチェル准教授は目を覚ま …
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