KADOKAWA Technology Review
×
Welcome to Internet Privacy Limbo

闇が深まる米国のインターネット・プライバシー

ネット上のプライバシーに関して、トランプ政権は企業側のメリットを重視している。しかし、米国にはオンライン・プライバシーの包括的規制がなく、規制の後退で問題は置き去りにされている。 by Mike Orcutt2017.04.18

FCC chair Ajit Pai
米国連邦通信委員会(FCC)のアジット・パイ委員長

今月、トランプ政権はインターネット・サービス事業者(IPS)の顧客データの扱いを制限する規則を撤回すると決定した。国民の怒りは静まりつつあるようだが、重要な問題にまだ明確な答えが出ていない。実際、何が変わったのか?

オバマ政権下のFCCはISPに対して、顧客のインターネット閲覧情報を「使用または共有する」前に顧客から明確なオプトイン型の同意を得るよう求める規則を策定した。ただし、この規則はまだ実施されておらず、一部のIPSはすでにプライバシー・ポリシーで匿名の閲覧データを集計し、使用・共有すると定めている。しかし、トランプ政権下のFCCによる規則の撤回は、オバマ政権が進めたインターネット・プライバシーの手法を根本的に転換することを示しているの明らかだ。オンライン・プライバシーの未来は、政策変更を巡る政治的闘争よりずっと複雑だが、米国民がどこに向かっているのかは少しも決まっていない。

議会とトランプ大統領がISPのプライバシー規定を撤廃した後、最も具体的に感じられる変化は、ISPのプライバシー規制の将来がさらに不安になったことだ。フォードハム大学法学部のジョエル・ライデンバーグ教授は、今や米国民はいわば「辺獄状態」にいるという。FCCは今でも厳密にはISPによるプライバシー侵害を監視できるが、どういった慣行なら許され、あるいは許されないのか明確ではなく、トランプ政権が規則をどう置き換えようとしているのか、誰にも明確にはわからない。

どうしてこうなったのか? オバマ政権下のFCCはISPの規制方法を変更し、ブロードバンド・インターネットを「通信」サービスではなく(より公共インフラとしての扱いを受ける)「電気通信」に指定し、ISPに対して、いわゆるネット中立性ルールを適用する扉を開いた。

この変更により、政府の主要な消費者プライバシー保護監視機関であるFTC(連邦取引委員会)がISPを規制する権限を失った。消費者プライバシーの保護責任は現在FCCにあり、そのためFCCは昨年10月、今回破棄されたプライバシー規則を策定し、ISPにオプトイン型の同意を得てWebの閲覧情報を使用、共有するように求め、消費者のプライバシー保護に高い基準を設定したのだ。

FCCのアジット・パイ新委員長をはじめ、こうした規則の反対派は、ISPへの規制は、事業者の売上減やイノベーションを妨げると主張し、ISPに対してインターネット企業(グーグルやフェイスブック等のネット企業はFTCの管轄下で、現在もより柔軟なプライバシー規制を受けている)とは異なる規制を適用するべきではない、というのだ。

パイ委員長やFTCのモリーン・オウルハウゼン委員長は最近、ワシントンポスト紙の長文記事で、プライバシー規則を廃止する決定について「事実関係を明確にしようと」し、オバマ政権で策定された規則では結局「政府が市場の勝者と敗者を選ぶ」ことになると述べた。プライバシー擁護派は、ISPがグーグルやフェイスブック等の企業よりも、個人のデータによりアクセスできるようになっている(から規制すべき)との主張は「真実ではない」とパイ委員長とオウルハウゼン委員長は書いた。

多くのインターネット企業は、さまざまな方法でWeb全体にわたってユーザーを広範囲に追跡し、その情報とユーザー自身が設定したデータを組み合わせて広告プロファイルを作成しているのは事実だ。プリンストン大学のニック・フィームスター教授(コンピュータ科学)は、IPSが直接アクセスできる顧客データと、グーグルやフェイスブック等の企業がアクセスできるデータと比較するのは、リンゴとオレンジを比べるようなものだという。ISPは、顧客がインターネット上で何をしているか、グーグルやフェイスブックとは別に、独自の視点で見ている。

多くのWebサイトが暗号化されるようになり、ISPはユーザーが特定のサイトにアクセスしたことはわかるが、どのページを見たかまではわからない。しかしISPは、IoT(モノのインターネット)機器関連のトラフィックも観察できるので、暗号化されていようがいまいが、ユーザーの個人情報が露見してしまう可能性がある、とフィームスター教授はいう。ネット接続型のサーモスタットや電気製品等、他のスマート・ホーム・システム等の装置のトラフィック・パターンから、ユーザーの行動や生活様式は判明してしまう

規則がなくなった今、今後の方針について、パイ委員長には多くの選択肢がある。FCCは規則を置き換えられるが、そうするには少なくとも数カ月はかかるだろう。最もありそうなのは、パイ委員長は FCCのネット中立性の規則を覆し、その過程でISPのプライバシー監督の仕事をFTCに返上しようとすることだ。しかし、プライバシー規則の廃止に対する国民の反応が何かの兆しだとすれば、政治的には難しくなる可能性がある

また、FTCが連邦政府の唯一の消費者プライバシー保護監視機関として再度仕事を引き継ぐことになる場合、それが何を意味するのかはっきりしない。何が「不公正または欺瞞的」であるかは、法解釈の問題であり、現時点でトランプ政権のFTCは、プライバシーにどう取り組むのかほとんど何も示していない、とライデンバーグ教授はいう。

人気の記事ランキング
  1. The winners of Innovators under 35 Japan 2024 have been announced MITTRが選ぶ、 日本発U35イノベーター 2024年版
  2. Kids are learning how to make their own little language models 作って学ぶ生成AIモデルの仕組み、MITが子ども向け新アプリ
  3. The race to find new materials with AI needs more data. Meta is giving massive amounts away for free. メタ、材料科学向けの最大規模のデータセットとAIモデルを無償公開
マイク オルカット [Mike Orcutt]米国版 准編集者
暗号通貨とブロックチェーンを担当するMITテクノロジーレビューの准編集者です。週2回発行しているブロックチェーンに関する電子メール・ニュースレター「Chain Letter」を含め、「なぜブロックチェーン・テクノロジーが重要なのか? 」という疑問を中心に報道しています。
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。2024年受賞者決定!授賞式を11/20に開催します。チケット販売中。 世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を随時発信中。

特集ページへ
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版

「ブレークスルー・テクノロジー10」は、人工知能、生物工学、気候変動、コンピューティングなどの分野における重要な技術的進歩を評価するMITテクノロジーレビューの年次企画だ。2024年に注目すべき10のテクノロジーを紹介しよう。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る