ドラッグや鎮痛剤の
依存症患者用支援アプリは
役立つか?
ドラッグや鎮痛剤の依存症は、米国で深刻な社会問題だ。依存症患者向けの社会復帰支援アプリ「トリガー・ヘルス」は、セラピー集会のグループ活動になじめない患者には有効そうだが、FDAの認可を受けたわけではない。 by Nanette Byrnes2017.05.01
この冬、この記事の取材でターシャ・ヘドストロムさんに話を聞いたとき、彼女の断酒は61日目だった。ヘドストロムさんはモルヒネに似た麻酔薬オピオイドの依存症に15年間苦しんだ後「ビビトロル」(オピオイドがもたらす多幸感を抑え、欠乏感を減らす薬)を飲んでいる。裁判所の指示で週3回の社気復帰プログラムに通い、Facebookで見つけたスマホ・アプリ「トリガー・ヘルス(Triggr Health)」で進捗を記録している。
ヘドストロムさんは、薬物依存症者同士の支援プログラムとして米国で有名な「ナルコティクス・アノニマス」は役に立たない、という。「雰囲気が好きになれないのです。集会に来る人はナルコティクス・アノニマスをどう使っているか、ナルコティクス・アノニマスを賛美することしか話さないように感じます。私は同じことを1万回も話したくありません」
トリガーを使えば別の方法でサポートが得られる。社会復帰訓練中の日数を記録できるだけでなく、アプリはヘドストロムさんのようなユーザーと社会復帰コーチを含む支援チームを結び付けてくれ、1日中定期的にテキスト・メッセージとアプリ・メッセージで会話してくれるのだ。もしヘドストロムさんからトリガーへの連絡が丸一日なければ、支援チームからヘドストロムさんに連絡が入る。通常、支援チームはヘドストロムさんが一日をどう過ごしているか聞いたり、ヘドストロムさんが自分で設定した目標を達成できそうかなどを話したりする。最近、ヘドストロムさんに予期しないことがあったが、支援チームはきちんと対応した。見知らぬ人間がヘドストロムさんの車をずっと付け回り、横に止まると、麻薬を勧めてきたのだ。ヘドストロムさんはどうすればいいかわからず、トリガーにメッセージを送った。「トリガーは、依存症だけを通じた関係ではなく、まるで友だちのように接してくれます。私には、親身になって相談に乗ってくれる支援が必要なのです」
2015年、米国では3万3000人がオピオイドの過剰摂取で亡くなった。国立薬物乱用研究所によると、死者数は過去最多で、2005年の2倍以上になる。最近の研究によると、オピオイド依存に関連する入院は毎年50万件以上あり、150億ドルの入院費がかかっている。さらに数十億ドルが通院や他の治療費に費やされている。
薬物乱用・精神衛生サービス局(SAMHSA、米国保険福祉省の下部機関)が集計した2013年のデータによると、延べ2300万人のアメリカ人が違法薬品や違法アルコールによる薬物使用障害になっている。ただし、このうち治療が必要な人の20%未満しか、実際には治療を受けていない。さらに、もっとも一般的な治療方法であるアルコホリックス・アノニマスやナルコティクス・アノニマスで依存症から抜け出せる人がいる一方、ある調査によれば、こうしたプログラムに参加した人の75%は参加から1年以内に再び薬物依存状態に戻ってしまう。中毒の専門家であるペンシルベニア大学のジェイムズ・マッケイ教授(心理学)は「さまざまな治療方法がありますが、そのどれを使っても効果がない人もいるのです」という。
新しいテクノロジーは、私たちがポケットに入れているコンピューター、つまりスマートフォンで、さらに別の選択肢を提供してくれる。約16万5000件あるスマートフォン用のヘルスケア・アプリのうち、メンタルヘルス用アプリが単一カテゴリーとしてはもっとも多く、その中に数百の依存症関係のサブカテゴリーがあり、励ましを与えてくれる言葉や、最寄りのアルコホリックス・アノニマスの集会への行き方案内、催眠治療ガイド、依存症者同士のオンライン支援グループの情報アプリなどが分類されている。
トリガーは集会型のセラピーより高い目標を掲げるアプリだ。開発会社は、スマートフォンから集めたデータから、ユーザーが欠乏感や、薬物使用のきっかけになるストレスを抑える手助けをするだけでなく、ユーザーの薬物乱用がいつ再発し、いつトリガーへの連絡を再開するかまで予測する。トリガーは、スマートフォンの画面への入力や、テキスト入力のパターン、電話ログ、睡眠履歴、所在地など、収集したデータを手掛かりに支援する。収集した情報は、トリガー参加者とトリガー開発会社の担当職員とのプラットフォーム上でのやり取りから集めた情報(薬物の種類、使用履歴、また「切れた」や「だるい」などの危険ワード)と組み合わせられ、専用のアルゴリズムで解析される。トリガーは一般的なテキスト入力情報やメール活動についての情報にはアクセスできるが、私的なテキスト情報や通話内容にはアクセスできない。機械学習により、トリガーは薬物乱用の再発可能性の上昇を示すパターンを探す。再発可能性が危険レベルまで上がると、社会復帰支援チームのメンバーが連絡を取ったり、ユーザーの外部支援チームに警告を送ったりする。
トリガーもユーザーも、プラットフォームの利用料については話してくれなかったが、何件かの試行プロジェクトで確認すると、トリガーの料金はとても安いか、無料のこともあるようだ。ヘドストロムさんはトリガー・アプリを無料でダウンロードしたが、現在はシステム利用料として毎月料金を払っている。ヘドストロムさんによれば、1日当たり2ドル以下だそうだ。トリガーが利益を上げる一番の方法は、依存症関係の医療費を負担している保険会社や政府系機関に話を持ちかけ、アプリによる支出節減分の何割かを自社の取り分にすることだろう。薬物依存の場合、最初の30日の入院治療費はたとえば1万7000ドルかかる。さらに緊急外来受診費などの関連費用が追加され、治療費がすぐに膨れ上がる。
ベンチャー企業ドライブ・キャピタルのパートナーで、トリガーに出資したクリス・オールセンによれば、オハイオ州のメディケード(低所得者向け医療費補助制度)は、麻薬の静脈注射が原因になることが多いC型肝炎感染症の治療に年間50億ドルもの巨費を支出していると思われる。オールセンは「もし当社がこの支出を減らせれば、メディケードからトリガー使用によるコスト削減分の分配モデルができると …
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