2016年9月、メキシコのグアダラハラで開催された国際宇宙会議で、イーロン・マスクは個人用ロケットの大群に何千人もの乗客を乗せて火星に送れる、と多くの筋金入りの宇宙エンジニアに大見得を切った。
マスクは講演で、軌道と飛行予定、燃料費について長く説明した。しかし入植者がどう生き延びるかについては短く触れただけだった。実際、火星は片道旅行になる可能性が高い。放射能に包まれ、大地に何も生えていない赤い惑星は、要するに墓場だ。
最近、何人かの科学者は、もし宇宙旅行という苦労の多い仕事に適応させた人間を作り出せば、もっと上手くかどうかを模索し始めた。つまり「宇宙飛行士(遺伝子組み換え)」だ。
まずはっきりさせておこう。この構想は、泡立つ水槽で宇宙飛行士を培養する話ではない。以前はサイエンス・フィクション分野に追いやられ、最近になってTEDトークで具体的な形に取りあげられた斬新なアイデアだ。人間の細胞を改造する実験は研究室ですでに始まっている。放射線耐性を持たせたり、自身でビタミンやアミノ酸を合成できたりするように、人間を改造できるのだろうか?
ワイルコーネル医科大学のクリストファー・メイソン准教授(生理学・生物理学部)は、このアイデアを模索しているひとりだ。2011年にメイソン准教授は人間を地球から送り出す「500年計画」を発案した。計画では遺伝子組み換えは重要な役割を担っている。「他の惑星に送り出す人びとの遺伝子を組み換えることを考慮しなければならないと思います。既存の遺伝子を少しいじるだけで済むのか、まったく新しい染色体なのか、最終的に遺伝子コードの完全な再編集になるのかは、私たちにはわかりません」
宇宙旅行が遺伝子にどんな影響を与えるのか、どの遺伝子は組み換えてもよく、どの遺伝子は「邪魔しないでください(do not disturb)」リストに入っているのかを見極めるには、あと10年か20年分の仕事だとメイソン准教授はいう。メイソン准教授の研究所が参加している、米国航空宇宙局(NASA)の双子研究では、双子の片方が国際宇宙ステーションに送られ、1年間宇宙飛行士として過ごし、地球に残ったもう片方との生理学上の変化を追跡する。今のところ、遺伝子組み換え関連のテーマでNASAが関わるのはこの程度だ。遺伝子組み換えは、どの公的機関の文書でも、まだ切り出されていない。
だがメイソン准教授は、自身の研究所は初めの一歩を踏み出す準備ができているという。宇宙にはDNAを損傷させる光線や高速で移動する粒子に満ちている。そこでメイソン准教授は、人間の細胞の放射線耐性の研究を進めている。メイソン助教授の学生は、細胞を取り出し、がんの予防に関係する「ゲノムを守る者」として知られる遺伝子「p53」を追加する作業をしている。象はp53がいくつもあるおかげで、ほとんどがんにならない。それなら宇宙飛行士にもp53が余分にあった方がいいだろう。メイソン准教授は最近、改造した細胞を宇宙ステーションに送るようにNASAに提案した。「遺伝子工学宇宙飛行士協会はまだありませんが、もしかしたら私たちが創設すべきかもしれません」
ほしい遺伝子リスト
宇宙で生き残ることを考える場合、遺伝子化学用語の「適応度(fitness)」が役に立 …