KADOKAWA Technology Review
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「気候問題はAIで解決できる」AIオフセットの危うい皮算用
Nathan Howard/Getty Images
Why the climate promises of AI sound a lot like carbon offsets

「気候問題はAIで解決できる」AIオフセットの危うい皮算用

人工知能(AI)は最終的に温室効果ガスの排出量を削減する可能性がある——国際エネルギー機関(IEA)の新報告書はこう指摘するが、将来の排出削減を理由に現在のデータセンターの排出増加を正当化する「AIオフセット」論の不確実性にも目を向ける必要がある。 by James Temple2025.04.14

この記事の3つのポイント
  1. AIは最終的に温室効果ガス排出量を削減する可能性がある
  2. しかし現時点ではAIツールがエネルギー需要と排出量を増加させている
  3. AIによる排出削減を期待するよりも賢明な電力供給方法の選択が必要だ
summarized by Claude 3

国際エネルギー機関(IEA)は新たな報告書において、人工知能(AI)は最終的に温室効果ガスの排出量を削減する可能性があると指摘している。これは、電力を大量に消費するデータセンターの急増による排出増加をはるかに上回る可能性があるという。

IEAの見解は、AI分野の著名人たちのこれまでの主張と重なるものだ。こうした主張は、データセンターの新設によって世界各地の送電網システムに与えるギガワット級の電力需要を正当化するために使われてきた。特に、オープンAI(OpenAI)のCEOであるサム・アルトマンは昨年、AIは「気候問題の解決」などの「驚くべき勝利」をもたらし、世界に「ほぼ無限の知性と豊富なエネルギー」を提供するとエッセーに記している

IEAの報告書が強調しているように、AIツールが最終的に排出量の削減に役立つ可能性があることを示す合理的な議論は存在する。だが、現時点で確実なのは、AIツールが今日のエネルギー需要と排出量を増加させているという事実だけだ。特にデータセンターが集中している地域ではその傾向が顕著である。

通常24時間稼働しているデータセンターの多くは、大量の温室効果ガスを排出する天然ガスタービンによって実質的に電力の供給を受けている。電力需要は非常に急速に増加しており、新たなガス火力発電所の建設や、廃止された石炭火力発電所の再稼働を提案する開発事業者もいるほどだ。

もう一つ確かなことは、地熱発電所や原子力発電所、水力発電、風力発電・太陽光発電と大規模な蓄電池の組み合わせなど、これらの施設に電力を供給するより良い、よりクリーンな選択肢もすでに存在するということだ。ただ、施設の建設や運営コストが高くなったり、稼働までに時間がかかったりする点がネックとなっている。

最終的にAIツールは世界の排出量削減に役立つのだから、今は化石燃料で稼働するデータセンターを作っても問題がない——。こうした提案には見覚えがある。カーボンクレジット(炭素クレジット)の謳い文句とよく似ているのだ。同等レベルの二酸化炭素を吸収する木を植えることに資金を提供しているのだから、企業が本社や工場で汚染を続けることは問題ない、という論法である。

残念なことに、こうしたプログラムが気候への恩恵を誇張し、大気中に出入りする物質のバランスを実質的にほとんど変えることがないという実例は、これまでに何度も明らかになっている。

「AIオフセット」とも呼べる今回の場合、利益を過大評価する可能性はさらに大きくなるかもしれない。約束された恩恵がもたらされるのが、数年または数十年後になるかもしれないからだ。さらに、それを保証する市場メカニズムや規制メカニズムは存在しない。AI業界が排出量を増加させる巨大なデータセンターを構築し、一方で気候変動に関する主張を実現できなかった場合にも、誰もその責任を問うことはできない。

IEAの報告書では、すでにAIが排出削減に寄与している具体的な事例も示されている。例えば、石油・ガスインフラにおけるメタン漏洩の検出、発電所や製造施設の効率化、建物内のエネルギー消費の削減などだ。

AIはまた、材料発見の初期段階で有望な成果を示しており、新しい電池電解質の開発を加速するのに役立っている。他の研究が指摘しているように、太陽光材料や原子力、その他のクリーン・エネルギー技術の進歩をもたらし、気候科学、極端な気象現象の予測、災害対応の改善につながるとの期待もある。

たとえ「画期的な発見」がなくても、IEAの推定では、AIアプリケーションを広く採用することで、2035年までに14億トンの排出量削減が可能だという。IEAの最も楽観的な開発シナリオでは、これらの削減量は「実現すれば」、その時点でのデータセンターからの排出量の3倍にもなる可能性がある。

しかし、それは非常に大きな「もし」に依存している。技術の進展、大規模な展開、そして今後10年間の慣行の変化による見返りに多くの信頼を置く必要がある。そして、AIが「どのように使用される可能性があるか」と、「実際にどのように使用されるか」の間には大きな隔たりがあり、その違いは経済的および規制上のインセンティブに大きく依存するだろう。

トランプ政権下では、少なくとも米国企業が、排出量を削減するためにAIツールを使用するよう政府から圧力をかけられる可能性は低い。必要な政策上のアメとムチがない限り、石油・ガス業界はAIをメタン漏洩の特定ではなく、新たな化石燃料の発見に活用する可能性の方が高いと考えるべきだ。

はっきり言えば、IEAの試算はシナリオであって、予測ではない。執筆陣も、この問題には大きな不確実性があることを率直に認め、次のように述べている。「必要な実現条件が整えられなければ、これらのAIアプリケーションが広く採用される勢いは現在のところまったくない。したがって、2035年であっても、それらの総合的な影響はわずかなものにとどまる可能性がある」。

言い換えれば、特に気候変動の危険性から今求められている時間軸の中で、AIが排出量を増やす以上に排出量を削減してくれると期待することは決してできないのである。

念のために言えば、今はもう2025年だ。排出量の増加により、地球は今や1.5℃の温暖化を完全に超えてしまう危険な状態に追い込まれており、熱波、干ばつ、海面上昇、山火事のリスクは高まっている。そして、地球規模の気候汚染はまだ増え続けている。

私たちは今世紀半ばに向かって突き進んでいる。気候モデルが示すところによると、あと25年で、地球温暖化を産業革命前レベルから2℃未満に抑えるには、あらゆる国のあらゆる産業が、ほぼ「排出量実質ゼロ」に到達する必要がある。しかし、データセンターやその他の目的で今日建設される新しい天然ガス発電所は、今から40年後も容易に稼働し続けるだろう。

二酸化炭素は数百年にわたって大気中に留まる。そのため、たとえAI業界が最終的に、ある年に排出する以上の排出量を削減する方法を提供したとしても、それらの将来の削減量は、この過程で排出される排出量や、それによって生じる温暖化を相殺することはできない。

AI企業、公益事業者、地域の規制当局が、今日建設・運営しているデータセンターへの電力供給方法について賢明な選択をすれば、このようなトレードオフは不要なのだ。

一部のテクノロジー企業や電力会社は、施設近くでの太陽光発電所の開発を促進したり、原子力発電所の再稼働を支援したり、新しい地熱発電所の建設契約を締結したりするなど、こうした方向に向けた取り組みを動き始めている。

しかし、このような取り組みは例外ではなく、ルールとなるべきである。排出量を後で処理するという約束のもとに、排出量を増やし続ける時間も炭素予算も、もはや残されていない。

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ジェームス・テンプル [James Temple]米国版 エネルギー担当上級編集者
MITテクノロジーレビュー[米国版]のエネルギー担当上級編集者です。特に再生可能エネルギーと気候変動に対処するテクノロジーの取材に取り組んでいます。前職ではバージ(The Verge)の上級ディレクターを務めており、それ以前はリコード(Recode)の編集長代理、サンフランシスコ・クロニクル紙のコラムニストでした。エネルギーや気候変動の記事を書いていないときは、よく犬の散歩かカリフォルニアの景色をビデオ撮影しています。
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