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3Dプリントで製造の制約を解放、高効率な熱交換器が設計可能に
Bri Hege
How 3D printing could make better cooling systems

3Dプリントで製造の制約を解放、高効率な熱交換器が設計可能に

熱を取り除く装置である熱交換器は、船舶、工場、建物など至る所で使用されている。イリノイ大学の研究チームは、3Dプリントを用いることで、より効率のよい熱交換器を設計・製造できる可能性があると示した。 by Casey Crownhart2025.04.04

この記事の3つのポイント
  1. 3Dプリントで従来より効率的な熱交換器を製造できる可能性が示された
  2. 機械学習モデルによるシミュレーションを活用し、最大50%効率化
  3. 実用化にはコストなどの課題があり時間がかかる見通し
summarized by Claude 3

新しい3Dプリント設計によって、エアコンや冷蔵庫などの冷却システムに不可欠な部品を、より小型化・効率化できる可能性があることが、新たな研究で明らかになった。

熱を取り除く装置である熱交換器は、データセンター、船舶、工場、建物など至る所で使用されている。その目的は、熱交換器の片側からもう片側へできるだけ多くの熱を移動させることである。ほとんどの熱交換器では、歴史的に製造が最も容易で安価とされる、いくつかの標準的な設計が使われている。

「熱交換器は産業経済の中心にあります。あらゆる機械やエネルギーを動かす、あらゆるシステムに不可欠な部品です」。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の教授で、この新しい研究論文の著者の一人であるウィリアム・キングは述べる。既存の設計では、直線、直角、丸いチューブが好まれる傾向にあるという。

キング教授らの研究チームは、3Dプリントを使用して、従来の製造技術では不可能な波状の壁やピラミッド型の突起など、熱の移動を最適化する機能を備えた熱交換器を設計した。

研究チームは、R-134aと呼ばれる冷媒を用いてシステムの設計に着手した。R-134aは、エアコンや冷蔵庫などの機器で一般的に使用されている冷媒である。冷水が冷媒の温度を下げると、冷媒は熱交換器を通過する過程で気体から液体に変化する。液化したR-134aは冷却システムの他の部分に移動し、部屋からサーバーラックまであらゆるものの温度を下げるために使われる。

冷媒を冷却する最良の方法としてよく使われるのは、熱交換器の両側の間に非常に薄い壁を構築し、水と冷媒がそれらの壁と接触する量を最大化することだ(薄いTシャツとズボンを着て氷の上に横たわると、手袋をはめた手で氷に触れるよりもどれだけ冷たくなるかを考えてみよう)。

最良の熱交換器を設計するために、研究チームはシミュレーションを使い、さまざまな条件下でのさまざまな設計性能を予測する機械学習モデルを開発した。3万6000回のシミュレーションを実行した結果、今回の熱交換器の設計にたどり着いたという。

主要なコンポーネントの1つとして、水に接触する装置の側面に突き出ている小さなフィンがある。これは、表面積を増やして熱伝達を最大化するのに役立っている。研究チームはまた、水が通過する波状の通路も設計した。これも表面積を最大化するのに役立つものだ。シミュレーションによって、通路がどの程度曲がっているべきか、フィンをどこに正確に配置すべきかを、研究チームは把握することができた。

冷媒が通過する装置の側面には、壁に沿った小さなピラミッド型の突起がある。これらは冷却のための面積を最大化するだけでなく、冷媒が通過するときに冷媒を混合することで、液体が壁をコーティングして熱伝達が遅くなるのを防ぐのにも役立つ。

設計を決定した後、研究チームは、ダイレクト・メタルレーザー焼結法を使用して熱交換器を製作した。ダイレクト・メタルレーザー焼結法は、レーザーが金属粉末(今回の場合はアルミニウム合金の粉末)を溶融して、層ごとに融合させる3Dプリント技術である。

完成後のテストでは、新しい熱交換器は、他の設計よりも効率的に冷媒を冷却できることがわかった。1立方メートルあたり6メガワット以上の電力密度を達成しており、同じポンプ動力で一般的な従来設計であるシェルチューブ構成よりも30%から50%優れている。また、業界で一般的なもう1つの設計である、ろう付けプレート熱交換器とは同等である。

全体的に、今回の熱交換器は最先端技術を劇的に上回るものではない。だが、モデリングと3Dプリントを使用して新しい熱交換器設計を生み出す手法は有望であると、空調制御システム(HVAC)業界の企業の設計と研究を支援するコンサルティング企業、オプティマイズド・サーマル・システムズ(Optimized Thermal Systems)の研究開発部長であるデニス・ナスータは言う。「どこまで押し進められるかはまだわかりませんが、探求する価値はあります」。

課題の1つは、レーザー焼結などの付加製造技術は、従来の製造と比較して時間とコストがかかることだとナスータ部長は言う。すべての消費者向けの熱交換器に使うのは、経済的でも実現可能でもないだろう。現時点では、このようなアプローチは、コストを負担する可能性が高い航空宇宙や高級自動車などのニッチな用途に限られる可能性があるとナスータ部長は付け加える。

今回の研究は、米国海軍研究局から資金提供を受けた。次世代の船舶には、これまで以上に多くの電子機器が搭載されており、すべての余分な熱に対処するためのコンパクトで効率的なシステムへの需要が高まっていると、この研究の著者の1人であるネナド・ミリコビッチ教授は述べている。

建物の冷却に対するエネルギー需要は、現在から2050年までの間に倍増すると予測されており、新しい設計は今後数十年で予想される莫大な需要を効率的に満たすのに役立つ可能性がある。しかし、キング教授らのチームによって設計されたようなイノベーションが実際の装置に影響を与えるためには、製造コストを含むさまざまな課題を克服する必要がある。

前出のナスータ部長によると、これらの新しい技術を採用する際のもう1つの障壁は、現在の基準がより高い効率を要求していないことだという。熱交換器の効率を高めるのに役立つ可能性がある他の技術はすでに存在するが、同じ理由で採用されていない。

3Dプリントを含む新しい製造技術が一般消費者向けの熱交換器にも使われるようになるには時間がかかるだろう、とナスータ部長は付け加えた。「来年のエアコンに搭載されることはないでしょうね」。

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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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