MITテクノロジーレビューは先週、考える能力や、痛みを感じる能力を持ない生体であるボディオイド(Bodyoids)についての記事を公開した。この記事では、生物工学の進歩によって、研究や臓器移植に利用できる「予備(スペア)」の人体生成がもうすぐ可能になる、と3人の科学者たちが主張している。
この時点でゾッとしたとしても、それはあなただけではない。サイエンス・フィクション(SF)の、恐ろしい筋書きをそのまま持って来たかのような薄気味悪い構想である。しかし、ボディオイドは良い用途に利用できる。そして、本当に意識を持たず、思考できない体であれば、ボディオイドの利用は「ほとんどの人にとっての倫理的な限界線」を越えないだろう、と3名の著者は主張する。私には、そう断言できる自信はない。
いずれにせよ、科学と生物工学の発展によって、ボディオイドが実現する可能性が近づいていることは間違いない。そして、この構想はすでに多くの倫理的な議論と論争を引き起こしている。
ボディオイドの開発を支持する主な論拠のひとつに、交換用の臓器を提供できるということが挙げられる。移植用の臓器の不足は、非常に深刻になっている。米国では10万人以上が臓器移植の順番を待っており、その待機リストの登録者たちは、1日当たり17人のペースで亡くなっている。ヒトのボディオイドは、新たな臓器供給源として役立つ可能性があるのだ。
この問題の解決策として、科学者たちが取り組んでいる有望な方法はいくつかある。そのひとつが、遺伝子編集された動物の臓器を使用する方法だ。動物の臓器は、普通なら人間の体内では長持ちしない。人の免疫システムが、「異物」として拒絶するからだ。しかし、いくつかの企業が遺伝子を編集し、人体が受け入れやすい臓器を持ったブタを作り出している。
ごくわずかではあるが、遺伝子編集されたブタの臓器を人間に移植した実績もある。デイヴィッド・ベネット・シニアは、2022年に手術を受け、遺伝子編集されたブタの心臓を手に入れた最初の人物となった。リチャード・スレイマンは2024年の初め、ブタの腎臓を手に入れた最初の人物となった。残念ながら、2人とも手術の約2カ月後に死亡している。
しかし、トワナ・ルーニーの術後は順調だ。遺伝子編集されたブタの腎臓移植を受けた、3人目の人物である。彼女は、2024年の11月下旬に移植手術を受けた。「元気いっぱいです。この8年間、一度も感じたことがないほどの食欲があります」と、術後に彼女は語っている。「この腎臓の上に手を置くと、元気に働いているのを感じられます」。 彼女は2月に退院した。
少なくとも1社は、ボディオイドに近い方法を模索している。イスラエルに拠点を置くバイオテック企業のリニューアル・バイオ(Renewal Bio)は、代替臓器を作るために、「胚段階のヒト」の培養を目指している。
同社の取り組みは、「合成胚(synthetic embryos)」の開発の進歩に基づくものだ(この用語は、多くの科学者たちに嫌われている。そのため、実体を表す最も単純な表記ではあるが、カギカッコ書きにしている)。
胚は、卵細胞と精子細胞の結合から始まる。しかし、科学者たちは代わりに、幹細胞を使って胚を作る方法に取り組んできた。幹細胞は、適切な条件下であれば、典型的な胚のように見える構造へと分裂する可能性があるのだ。
科学者たちは、こうした胚に似た構造が、どこまで発達できるのかをまだ把握していない。しかし、彼らはすでに、ウシやサルを妊娠させるために、幹細胞から作った胚を利用している。
そして、合成ヒト胚についてどのように考えるべきかは、実際には誰も分かっていないのだ。科学者たちは、それらをどう呼ぶべきなのかということさえ知らない。規則では、典型的なヒト胚を実験室で育てられるのは最長で14日間までと定められている。合成された胚にも、同じルールを適用すべきだろうか。
合成胚の存在そのものが、人間の胚がいかなるものであるかという私たちの理解にさえ疑問を投げかけている。「それは、精子と卵子の結合によってのみ生み出されるものなのでしょうか?」ロンドンのフランシス・クリック研究所(The Francis Crick Institute)に所属する発生生物学者、ナオミ・モリス医師は数年前、私に問いかけた。「その定義は、胚が持つ細胞の種類や、構造の形状に関係するのでしょうか?」
MITテクノロジーレビューの新しい記事で、3人の著者は、科学や医学の研究を加速させるのにもボディオイドは役立つ可能性がある、と指摘している。
現時点では、多くの新薬候補は、臨床試験の前に実験動物で試されなければならない。しかし、ヒトではない動物は、人間と同じ反応を見せない可能性がある。マウスの段階で非常に有望に見える治療法の大半は、人間では失敗する。そのような研究は、動物の命と時間の両方を浪費しているように感じることがある。
科学者たちは、こうした問題の解決策にも取り組んできた。数人の科学者が製作しているものに、「臓器チップ(organs on chips)」がある。ポリマーの小片上に組織化された、細胞の小規模な集合体である。これは実物大の臓器に似ており、医薬品の効果検証に利用することができる。
同じ目的のために、デジタル化されたヒトの臓器を作成している科学者もいる。そのようなデジタルツインは広範囲にモデル化することができ、コンピューター内での臨床試験に利用できる可能性がある。
上記のアプローチはどちらも、思考能力や痛覚を持たないまま作られたヒトを実験に使うより、個人的には許容しやすいものに思える。この構想から思い浮かぶのは、アルゼンチンの作家であるアグスティナ・バズテリカの最近の著作、『Tender Is the Flesh(原題はCadáver exquisito=優美な死体)』(未邦訳)だ。この話では、人間が食用として飼育される。飼育される人々は、周囲の人間が叫び声を聞かずに済むように声帯が取り除かれている。
しかし、現実世界の生物工学となると、「許容範囲」についての私たちの感情は変化する傾向がある。体外受精(IVF)は、開発当初には悪魔の所業とまで言われた。反対する人々は、「自然に反する」、「非常に危険な侮辱」、そして「原子爆弾以来の最大の脅威」などと主張した。46年前にルイーズ・ブラウンが最初の「試験管ベビー」になって以来、1200万人以上がIVFで生まれたと推定されている。ボディオイドについて、今から46年後の我々は、どのように感じているのだろうか。