寄稿:倫理的に調達可能な「予備の体」がもたらす医学革命
倫理的に調達可能な「ボディオイド」は、動物実験を減少させ、薬物開発を改善し、臓器不足を緩和する可能性がある。中内啓光氏(スタンフォード大学医科大学院教授)らによる特別寄稿。 by Hiromitsu Nakauchi2025.04.03
- この記事の3つのポイント
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- 幹細胞から人工的に人体を作製するボディオイドの構想が現実味を帯びている
- ボディオイドは医学研究や創薬、移植医療などを一変させる可能性がある
- ボディオイド実現には技術的障壁や倫理的問題があり慎重な議論が必要である
マウスを使った実験で医学的ブレークスルーが報じられることは多いが、それが人間の病気の治療に結びつくことはほとんどないのはなぜだろうか? 臨床試験に入った薬のうち、規制当局の承認を受けるものが極めて少ないのはなぜなのか? そして、臓器移植を待つ人がこれほど多いのはなぜなのか? ——これらの課題の多くは、ある共通する根本的な原因に起因している。それは、倫理的に調達可能な人体の深刻な不足である。
人体を商品として扱うような表現に違和感を覚えるかもしれないが、生物学的なヒト材料は医学において不可欠な資源であり、その慢性的な不足が進歩の大きなボトルネックとなっているのは、否定できない現実だ。
この需要と供給の不均衡こそが臓器不足という危機の根本原因であり、現在、米国だけで10万人以上の患者が臓器移植を待っている。また、医療研究では動物に大きく依存せざるを得ない状況が続いている。しかし、動物実験では人間の生理の主要な側面を再現できず、さらに感覚を持つ動物に苦痛を与えることが必要となる。加えて、あらゆる実験薬の安全性と有効性は、最終的には生きた人間の体で臨床試験を通じて確認しなければならない。こうした臨床試験はコストがかかり、患者に危害を及ぼすリスクがあり、完了までに10年以上かかる場合もある。そして、承認に至る確率は15%未満にとどまる。
このような道徳的かつ科学的な行き詰まりを打開する道が、ひょっとすると存在するかもしれない。生物工学の最近の進歩により、思考や意識、痛みを感じる能力を持たない、神経系を欠いた生きた人体を生成する道筋が開かれつつあるのだ。この可能性に不安を感じる人も多いだろう。しかし、もし研究者や政策立案者がこうした技術をうまく統合できれば、将来的には人間・非人間を問わず「予備の体」を作ることが可能になるかもしれない。
そのような予備の人体は、医学研究や創薬のあり方を一変させる可能性を秘めている。動物実験の必要性を大幅に減らし、多くの移植待機患者を救い、より効果的な薬や治療法の開発につながるかもしれない。そして、ほとんどの人にとっての倫理的な限界線を越えることなく、それが実現可能なのだ。
技術を結集する
まるでSFのように聞こえるかもしれないが、近年の技術的進展によって、この構想は現実味を帯びるようになってきた。発生過程で最初期に現れる細胞である多能性幹細胞は、成人の体を構成するあらゆる細胞へと分化する能力を持つ。近年、研究者たちはこの幹細胞を用いて、初期のヒト胚の発生を模倣するような構造体の作成に成功している。同時に、人工子宮技術も急速に発展しており、体外で胎児を発育させる新たな道が開かれつつあるのかもしれない。
これらの多様な技術を統合し、さらに確立された遺伝子工学技術を用いて脳の発達を抑制することで、「ボディオイド(Bodyoids)」の開発という構想が可能となる。ボディオイドとは、完全に人体の外で幹細胞から発生させ、感覚や痛みを感じる能力を持たない、事実上無限に生産可能な人体のことである。
ボディオイドの実現には、依然として多くの技術的障壁が存在する。しかし、ボディオイドが現在の研究モデル、創薬、そして医療の重大な制約を打破することにより、生物医学研究を根本から変革する可能性があると期待するだけの理由は存在する。数ある利点の中でも特筆すべきは、臓器、組織、細胞といった移植に必要な生体材料を、ほぼ無制限に提供できる可能性がある点だろう。
患者自身の細胞から直接臓器を作り出すことさえ可能になるかもしれない。これは、本質的には患者自身の生物学的材料をクローン化することになり、移植された組織が患者と完全に免疫学的に一致す …
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