今井翔太:予測困難な生成AI技術の進化 急変する世界にどう備えるか
日本における生成AI研究の先駆者であり、ベストセラー『生成AIで世界はこう変わる』(SB新書)の著者でもある今井翔太氏。その今井氏でさえ「直近2カ月の激変ぶりはとてつもない」と語る。数年先の予測はもはや難しいという生成AIの進化に、私たちはどのような心構えで備えればよいか。 by MIT Technology Review Brand Studio2025.03.31Sponsored
『生成AIで世界はこう変わる』を上梓した2024年1月からこの1年を振り返ると、直近2カ月での生成AIのあまりの変化に驚かされます。前半の300日ぐらいまでは、ほぼ著書を執筆した時点での予想通りの進化でした。代表的な生成AIである大規模言語モデルは、①人工知能(AI)の学習に使う計算量、②学習に使用するデータセットの量、③モデルサイズ(パラメーター数)の3つの変数のスケーリングによって性能がどんどん上がっていく(スケーリング則)。また、単一のモデルで複数のモダリティ(画像、テキスト、音声など)を扱える「マルチモーダルモデル」化が進み、特にプログラミングの領域では人間の代わりにコードを自律的に書く「AIエージェント」が普及していく。いずれも想像していた通りです。ただ一点、予想外だったのは、プロンプト(指示テキスト)から動画を生成するAIが思ったよりも早く実現したことでしょうか。
2つの「Deep」で新たなフェーズに入った生成AI

ところが、この2カ月ほどで以前とはフェーズが明らかに変わってしまいました。変化を象徴するのが中国のAI企業ディープシーク(DeepSeek)の大規模言語モデル「DeepSeek-R1」と、オープンAI(OpenAI)の新サービス「Deep Research(ディープ・リサーチ)」です。まず、DeepSeekは大規模言語モデルの民主化、つまり大きな資金を持たない組織や研究者でも生成AIモデルを自作できる道を開いた。
これまでChatGPTクラスの大規模言語モデルを開発するためには、最低でも日本円にして200億円ぐらいのコストがかかる、とされていました。そのChatGPTを超えるレベルに達したとされるDeepSeekが、わずか8億円で作られた。しかも技術は論文で公表され、モデルもオープン化されています。だからおそらく10億円もあれば、誰でもとはいえないまでもDeepSeek並みの大規模言語モデルを作れることが分かってしまった。生成AIの開発で大きく後れを取っていた日本も、DeepSeekによってようやくスタートラインにまで引っ張り上げてもらえたのです。数カ月もすれば、DeepSeekで学んだ日本発の大規模言語モデルも出てくるでしょうし、世界でもDeepSeek並みの大規模言語モデルが乱立すると思います。
一方でDeepSeekほど話題になっていませんが、多くの人に影響するという意味ではDeep Researchもすごい。Web上の情報を収集して詳細な調査レポートを作成するオープンAIの新機能で、現時点で使いこなせているのはトップレベルの研究者やプログラマー、それも上位1%レベルの人たちに限られるでしょう。けれども私には、こちらのほうが衝撃的でした。
私は昨年まで東京大学の松尾研究室で生成AI関連技術を研究しており、今でもインターネット上にある関連論文の99%は把握しているつもりです。ところがDeep Researchに調べさせると、残りの1%に関する部分まで調べてレポートを返してきました。金融アナリスト関連でのトップ、すでに生成AIを使いこなしてきたある人も、「Deep Researchによっていよいよ仕事のなくなる時が来た」と、その恐怖感を語っていました。
生成AIの進化は、明らかに新たなフェーズに入ったのです。
人間の仕事はなくなるのか
実は金融関連の仕事については、すでに2024年5月に出された論文で決着がついています。ノーマルなChatGPT(GPT-4)と人間のプロアナリストとの対決、具体的には企業の財務諸表をもとに収益予測をさせたところ、ChatGPTの方が正しかった。この時点で、超一流はともかくとして、いわゆる金融アナリストたちは、すでに生成AIに負けていたのです。
つまり今後、アナリストと似たような、いわゆる「考える仕事」に就いている人たちの多くは、生成AIに取って代わられる可能性が高い。私の著書でも紹介していますが、2023年にオープンAIとペンシルベニア大学が共同で発表した論文で、AIの影響を受けやすい職業として挙げられていたのは金融分析者、投資ファンドマネージャー、記者・ジャーナリスト、税理士など。高度な判断力や創造的な思考が必要とされる、いわゆるホワイトカラーの職種ばかりです。
一方で仕事を失わない人も確実に残ります。これからAIがロボットに組み込まれ、身体を手に入れれば、従業員をすべてAIでまかなえるようになるでしょう。けれどもAIが何か失敗をやらかしたら、誰が責任を取るのか。生身の人間が社長1人だったら、顧客からの責めもすべて社長に直接降り掛かってきます。それでは組織が成り立たないので、社長とAIの間に誰か責任者を置く必要がある。
求められるのは、AIに任せた作業を確認した上で、「これでよし。もし何か問題が起きたときは、私が責任を取る」と言える人材です。そのような役割を担えるのは、専門知識を持っているエキスパートです。社長の立場で考えてみても、そのような専門家まで雇い止めするのは得策ではない。だから現時点ですでにシニア層に達していて、何らかの専門知識を持っている人は、おそらく安泰だと思います。そのような人たちからすれば、これまで自分が作業に費やしていた時間の8割ぐらいを、これからはAIが代わりにやってくれる。「仕事が楽になってありがたい限り」となるでしょう。

厳しいのは、現時点ではまだそこまでの専門知識を持っていない若い人たちです。若手にとってこれまで仕事とは、ある意味学びのためのはしごでした。上司の司令に従ってこなしていたさまざまな業務、例えば会議の議事録作りなども雑用とはいいながらも、学びを得られる貴重なステップだった。それを一段ずつ登りながら知識を身につけて、管理職やエキスパートへとキャリアアップしていったのです。
そんな仕事は今後、すべて生成AIが代替するでしょう。生き残るためには、なんとしても生成AIを使いこなす立場に回らなければなりません。すなわち「何を生成AIに聞けばよいか」を理解し、「適切な問いを投げかけられる」人です。生成AIは使い手によって、返してくる答えが変わってきます。適切なプロンプトを使えなければ、適切な答えを得られないのです。
だからまず培っておくべきは、基本的な思考力。その上で何らかの領域について専門的な知識を身につける。その知識を基にして生成AIを使いこなす。そんな人材を目指すべきでしょう。
それでも人の暮らしは必ず良くなる
この記事の企画を最初にいただいたときの仮のタイトルが「テクノロジーとしての生成AIは5年後どこまで進化するか」でした。実は昨年8月にも、文部科学省の有識者会議に呼ばれて「5年後を予測した資料を書いてください」と言われました。そこで5年以内に実現しそうな予想として、次の3つを挙げたのです。
1)ホワイトカラー的な能⼒に関しては、ほぼすべての能⼒で⼈間を超える。LLM(大規模言語モデル)の知識が全分野において⼈間の博⼠号取得者レベルになる
2)⾁体労働に関しても、相当部分の作業ができるようになる
3)⾃動研究の発展
ところが、会議の1週間後ぐらいに早くも自動研究できる生成AIが出てきた。続いて1カ月後にはオープンAIから「o1」、すなわち博士号取得者レベルの生成AIが出てきた。今のところ実現していないのは肉体労働できるAIだけですが、これさえも半年後には誕生しているかもしれません。5年先の世界がどうなっているかなんて、まったく分からない。これが正直なところです。
世界トップクラスのAI研究者、ノーベル賞受賞者のジェフリー・ヒントン、チューリング賞受賞者のヤン・ルカンとヨシュア・ベンジオ、あるいは事業者サイドではオープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)、グーグル・ディープマインドのデミス・ハサビスCEO、アンソロピック(Anthropic)のダリオ・アモデイCEOらが予想するAGI(Artificial General Intelligence:人工汎用知能)の登場時期は、平均すると2030年です。つまり、5年後には純粋に生産性だけで勝負すれば人間がAIに勝てる部分は、まず残されていないでしょう。
運動系AIだけは難しいと思われていますが、その理由は肉体労働に関するデータがないからです。データさえあれば、来年誕生してもおかしくない。もちろん、例えばドアノブ1つとっても、現在の世界は人間向けに作られていて、ロボット向けには最適化されてない、といった問題もあります。それでも、2030年にはいわゆるブルーカラーの仕事も激減している可能性が高いと私は考えています。
そのとき、人は何をしたらよいのか。答えは簡単に見つかりません。それでも1つ、明るい話があります。「これから人の暮らしは明らかに良くなる」、これだけは間違いないということです。人間が生きていくために必要な作業は、肉体労働も含めてすべてAIがやってくれるようになります。人間社会を維持するために必要なコストは、劇的に下がるはずです。そうした恩恵を受けて人は、確実に良い生活を楽しめるようになるでしょう。
これからの人生に求められる3つのマインドセット
半年前に5年先を予想したら、わずか1カ月で覆されてしまいました。それぐらいとんでもない速さで世界は変わり続けています。こんな環境のなかで、どうやって生きていけばよいのか。
心がけるべきマインドセットは3つあります。第一は、「何があっても変わり続ける意識」を持つこと。変化にタイムリーに適応できれば、現時点では想像もつかないすばらしい何かを掴める可能性がある。そもそも私自身、元々はAIのなかの「強化学習」と呼ばれる分野の専門家であり、生成AIの専門家ではありませんでした。というより、AI研究は細分化されており、生成AIという言葉は技術用語ではないため、専門家は存在しなかった。けれどもChatGPTに初めて触れた20秒後には、世界が一変したと理解し、そこから一気に自分自身を変えていった。おかげで今では生成AIの専門家と呼ばれるようになりました。こんなチャンスが、これからいくらでも出てくるはずです。
第二は、「とにかく何かでオンリーワンの存在」を目指すこと。といって何か1つだけに絞って勝負するのではなく、掛け算で考えるのです。私も単なるAIの専門家だったら、師匠の松尾先生(東京大学の松尾 豊教授)には絶対に勝てません。けれども私はあるゲームで世界ランキングトップ10に入ったこともあるゲーマーでもある。世界的なゲーマーかつAIの専門家の日本人なんて、世界80億人のなかでも私1人しかいないでしょう。ニッチな世界でいいから、掛け算を使ってオンリーワンの人材を目指すのです。実現できれば、運動AIに仕事を任せるようになっても、最後に責任を取る立場に就けるでしょう。
第三は、「生成AIの発展とは関係なく、維持される価値」を持つこと。例えば、土地は生成AIの発展とは何の関係もないし、ゴールドや金融資産もそうでしょう。人間関係もその1つかもしれません。生成AIがいくら進化しても、人間同士の間に生まれるコネを持てたりはしないでしょうから。
いずれにしても常に学ぶ姿勢が必須であり、大局を見通す力を養っておくべきです。私は学生時代に、歴史、文学、哲学から宗教にいたるまで1200冊ぐらい本を読みました。おかげで物事を大局的に見通す力を培えたと思います。なかでも一冊をおすすめするなら『資本論』です。マルクスは160年も前に世界を見通していました。先の分からない今だからこそ、マルクスの知見が参考になると思います。
今井翔太(いまい・しょうた)
1994年、石川県金沢市生まれ。東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻 松尾研究室にて人工知能(AI)を研究し、2024年同専攻博士課程を修了し博士(工学、東京大学)を取得。人工知能分野における強化学習の研究、特にマルチエージェント強化学習の研究に従事。ChatGPT登場以降は、大規模言語モデル等の生成AIにおける強化学習の活用に興味。生成AIのベストセラー書籍『生成AIで世界はこう変わる』(SBクリエイティブ)著者。その他書籍に『深層学習教科書 ディープラーニング G検定(ジェネラリスト)公式テキスト 第2版』(翔泳社)、『AI白書 2022』(角川アスキー総合研究所)、訳書にR.Sutton著『強化学習(第2版)』(森北出版)など。
構成:竹林篤実 撮影:杉能信介
この記事は、三菱電機 ITソリューション総合サイトとの共同企画です。
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